Renaissance Man

とにかく、あれこれやってみる。

上野公園で花見がはじまったった!


花見はじまりました!!!

花見はじまりました!!!

上野公園を散歩してきたった。

というか、文京区図書館根津図書室に本を返しに行った帰りなのである。

おかんとばばが上野公園の桜を見に来るかどうか迷っているからその下見というか、状況をチェックする意味もあった。

人は、なぜ、花を見るのか、人はなぜ、酒を飲むのか、チャリを引きながら雑踏の中、ひとり思索にふけってみた。

 

中国語がいたるところから聞こえてくる。すべてが中国人かといえば、そんなことはないのだ。日本にくる海外からの旅行者の一位は台湾だから、その多くは台湾人の話す中国語なのだ。そして、二位が韓国、そして三位が中国だ。中国は昨年から今年にかけて日本への観光客数を80%近く増加している。

そのためか、どこにいっても近年は中国語を耳にする。すごいのが、箱根にいっても、北海道に行っても、秋葉原にいても、上野にいても、どこにいっても中国語が聞こえてくる。これがバブルの頃の日本が世界でこんな感じで見られたのかと思うと、なかなか感慨深い。

そして、大きな顔をされると、ときどき聖人君子の俺もむっとする時が来る。まぁ、そんなのは極めて一部の中国人か、台湾人なのだが、そこで俺ははっとするのだ。 ただたんに、道をでかい顔で歩かれるだけでもイラッとくるのに、それが侵略された後だったり、話す言語を強制されたりしたら、まぁ、そりゃ大変だ。イラつくとかそんなもんじゃないだろう。憎しみが湧いてくるのも当然だ。 あぁ、そんないろんな歴史を思い、回る〜、回る〜よ、時代は回る〜、と心の中で歌ってみた。所詮、やったもんがちなんだなぁ、歴史は。と思いを馳せた。

人は、なぜ、花を見るか、酒を飲むか。それは、生きているからなのだ。そう思った。 喧騒を少し離れたゴミ箱前を通りかかると、ホームレスがいた。その脇をチャリで通ると、ホームレスのあの独特の匂いがした。生きてる証だ。ずーっと嗅いでいるのは嫌だが、時折嗅ぐのはいいものだ。生命の臭い。

今日は、おやじからラーメンセットがめっちゃ送られてきたwww それゆえに今日のお昼と、夕飯はラーメンだったなり。ラーメン、まだまだいまんとこ全然飽きてないなり。

社会をつくれなかったこの国がそれでもソーシャルであるための柳田國男入門を読んだ。 結局、選挙権を持つ人間の育成。これが肝心、要なんだと思った。それは、社会や公民を真に民主主義的にコミットする常民を生み出す教科たり得ない限り無理なことだろう。受験科目としての地歴公民である限り、これはしばらく続きそうだ。

 

越後スター、いっちー


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