Renaissance Man

とにかく、あれこれやってみる。

作品データベース

お気に入りましたら、お問い合わせよりご連絡ください。

title:
人間芸術家宣言!
¥500
amazonにて絶賛販売中!

 

コンセプト

人間はみな芸術家である。この不変の真理をやさしいことばで説いた現代のバイブル。

----- 6浪という奈落の底で掴んだ一筋の光、人間はすべて感動するために生きている! -----

この世界に生まれてきてよかった!そう思える瞬間が人生にたった一度でもあったのなら、その人の人生は全肯定される。芸術の本質から生きる意味まで人間存在の根本をカタストロフィックに震撼させる人文系知学終焉の書、今もっともホットな全人類必読の芸術論!

新進気鋭のリベラルアーティストが贈るツァラツゥストラを超えた人類史上最大の贈り物。

 

Every human being is an artist. A contemporary bible that preached this immutable truth with easy words.

----- 6 The light of a line grabbed at the bottom of the abyss nomadic, humans are living to be moved! -----

It was nice to be born in this world! If there is only one moment in life that is to be expected, that person's life is all affirmed. From the essence of art to the meaning of living Humanities who shake the fundamentals of human existence catastrophically Book of the end of intellectual knowledge, now the most hottest artistic theory of all humanities must read!

It is the greatest gifts of human history ever beyond Zarathustra presented by up-and-coming liberal artists.

title:
あなたの命は私たちのアート

2074、夢の世界

会期: 2017年6月17日(土)- 6月25日(日)
午前10時 - 午後6時(入館は午後5時30分まで)
会期中無休
会場: 東京藝術大学大学美術館 本館 展示室1、2
観覧料: 無料
主催: コルベール委員会、東京藝術大学
後援: フランス文化・通信省、文化庁

 

 

コンセプト

現代アーティストは100年経った今もマルセル・デュシャンの亡霊に徒手空拳している現状があります。何をやっても、デュシャン、デュシャン、作り手も鑑賞者も美術クラスタはバカの一つ覚えみたいにデュシャンを語ります。本当の意味でダダの権化であるデュシャンと真正面からぶつかるには、論理という意味を持って横綱相撲であたらなければ倒せません。けたぐりや八双飛びのアートには疲れだというのが自分の素直な気持ちでした。一度、意味を持ったアート、すなわち、はじめに言葉ありきで非言語のアートにロゴスを注入することでしかデュシャンを成仏させられないと思ったわけです。ちなみに今回はピアフの恋人であるもうひとりのマルセルの葬送もかねております。metとは古代ヘブライ語で死を意味します。しかし、その頭文字にeをつけるとemet すなわち、真理(胎児)を意味することばになります。死んだ世界に彩りを放つのは、私たちひとりひとりの"e"motional なアートなのです。コルベール委員会から与えられた小説の世界観に立脚し、二次創作を展開しました。2035年という最もパンデミックのひどかった年に、ルーブル美術館に閉じ込められた13人の生存者が語る極限状況での対話。キリスト教、イスラム教、無心論者、不可知論者、国家主義者がともに歌う希望の参加、それは、”あなた”という希望であったのだ。

 

Contemporary artists still have a fistful manipulation of the ghosts of Marcel Duchamp even after 100 years have passed. No matter what you're doing, Duchamp, Duchamp, the creator of Art cluster also viewer tells the Duchamp like a fool of Hitotsuoboe. The strike from Duchamp and squarely is the incarnation of Dada in the real sense, not defeat to be hit by Yokozuna sumo wrestling with the meaning of logic. It was my honest feeling that being exhausted from the art of the morning glory and the eighth twin skip was tired. Once, art with a meaning, that is, is why I thought that it is not allowed to Buddhahood the Duchamp only by beginning injecting the Logos to the art of non-verbal at Ki There are words to. By the way this time we are also dealing with another Marcel 's funeral, which is Piaf' s sweetheart. met means death in ancient Hebrew. However, attaching e to its initial letter means emet, meaning the truth (fetus). It is our "e" motional art that uniquely colors the dead world. Based on the world view of the novel given by the Colbert Committee, we developed a secondary creation. Dialogue in the extreme situation where thirteen survivors trapped in the Louvre museum speak during the most pandemic year 2035. Christianity, Islam, innocent commentators, agnostic, participation of hope that nationalist sing together, it is, it was a hope that "you".

 

 

title:
One and Four Ramen Noodles

会期: 2018年8月5日(土)- 9月13日(日)
始発 - 終電
会期中無休
会場: 上野駅中央改札・ガレリア2階 Breakステーションギャラリー
入場: 無料

主 催
東日本旅客鉄道株式会社
企画・運営
 Breakステーションギャラリー運営事務局
 企画・協力
 東京藝術大学 藝祭実行委員会

コンセプト

■One and Four Ramen Noodles 解説

今回の作品は J.コスースの作品『One and Three Chairs』という作品の系譜に連なる作品です。

 

『One and Three Chairs』という作品は概念を扱うアート作品であり、コンセプチュアルアートに分類されます。

真ん中の座れる椅子、左の原寸大の展示会場の椅子を撮影した写真、右には椅子の辞書の定義。これら三つが併置された作品です。コスースは、本物の椅子とは何か?ことば無くして概念は成立するのか?、など鑑賞者に概念について解釈できる余白を残し、芸術とは何かという自己言及的な作品です。

真ん中にあるのは、黄金のラーメン、左にあるのはラーメンのレプリカ、右にあるのはA.ダントーの『ありふれたものの変容』。

 

本作品で意図したのは、ありふれたものが芸術作品に変わるときに何が起こっているのか?ということです。芸術と芸術でないものの違いとは何か?と問いをコスース以上に揺さぶってみたかったわけです。

 

黄金のラーメン

黄金のラーメン

ラーメン(レプリカ)

『The Transfiguration of the Commonplace』

『The Transfiguration of the Commonplace』

 

今回は、ありふれたものの例としてラーメンを用いました。今回の展示では、概念としてのラーメン、食べられるラーメン、ラーメンの精巧なレプリカ(ミーメーシスの極地)、アートラーメン(ラーメンアート)の4つを想起し、そのどこからが芸術であるかを考えてみてほしいと思っております。もちろん、解釈は鑑賞者に委ねられますから、これもひとつの解釈の参考にしていただければと思います。

 

最近は、芸術と非芸術の境界線はさらに曖昧になってきているように思います。Life is Art ということばもよく聞きます。
食品サンプルがアートであるというのは一定の承認が得られそうです。私たちが日常食べているありふれたラーメンが芸術になる時、
アートのフロンティアが消滅するのかもしれません。その時、私たちは真の自由が得られるのです。

 

世界よ、美しくあれ。世界よ、我々の芸術作品となれ。

 

ー ー ー

本日の概念整理:

4つのラーメン概念

概念としてのラーメン
食べられるラーメン
ラーメンの精巧なレプリカ(ミーメーシスの極地)
アートラーメン(ラーメンアート)

 

※ありふれたものとしてはなんでもよかったのかもしれません。ネクタイの方が『ありふれたものの変容』でも扱われているのでよかったかもしれません。しかし、ネクタイよりも私の中でありふれたものはラーメンだったので、ラーメンを恣意的に選びました。

 

 

■ One and Four Ramen Noodles Commentary

 

This work is a work consistent with the lineage of J. Cosus' work "One and Three Chairs".

 

The work "One and Three Chairs" is an art work dealing with concepts and it is classified as conceptual art.

A chair that can sit in the middle, a photograph of a chair at the full size exhibition hall on the left, and a definition of a chair dictionary on the right. These three pieces are arranged side by side. What is a real chair? Is the concept established without words? , I left a margin that the viewer can interpret about the concept and intended a self-mentioned work that says something.

 

And this time my work "One and Four Ramen Noodles"

 

In the middle is golden ramen, on the left is a replica of ramen, on the right is A. Danto's 'transformation of ordinary'.

 

What I meant in this work is what happens when ordinary things turn into art works? about it. What is the difference between art and art? I wanted to shake the question beyond the costume.

 

Golden noodles
Golden noodles

Ramen (replica)

"The Transfiguration of the Commonplace"
"The Transfiguration of the Commonplace"

 

This time, I used ramen as an example of common things. In this exhibition, I want to recall the four concepts of ramen as a concept, an eatable ramen, an elaborate replica of ramen (polar of Miemessis), art ramen (ramen art), and think about where that art is from We think. Of course, interpretation is entrusted to the viewer, so I think that this should be helpful for interpretation as well.

 

Recently, the boundary between art and non-art seems to be more ambiguous. I often hear the word Life is Art.

In that context, we are verifying how much we can artify everyday acts. Is it easy for food samples to be recognized as art? So, what can we eat As usual "usual" ramen which we are in contact with is an art? When it became an art, the ghost of Duchamp felt like being formed.

 

World, be beautiful. Take the world, be our art work.

 

ー ー ー ー ー ー

Today's conceptual arrangement:

Four ramen concepts

Ramen as a concept
Eaten ramen
An elaborate replica of ramen (Polaris of Mimeses)
Art noodles (ramen art)

 

* It may be good for everything as a common thing. It may have been okay for the necktie to be treated as "transformation of ordinary things". However, since the thing that was common among myself was more ramen than a tie, I chose ramen arbitrarily.

title:
茶の家 ~海編~

桃源郷芸術祭2018

会期: 2018年3月14日(土)- 3月18日(日)
午前9時 - 午後5時
会期中無休
会場: 岡倉天心記念五浦美術館ほか
入場: 無料

主 催
北茨城市地域おこし協力隊 共催/北茨城市 企画運営/桃源郷芸術祭実行メンバー

協 力
茨城県、茨城大学五浦美術文化研究所、五浦観光ホテル、かつらぎ画廊、五浦天心焼研究会、 北茨城市観光協会、北茨城市商工会、茨城大学岡倉天心・五浦発信プロジェクト、KITAIBA Art Project

コンセプト

■茶の家 ~海編~   解説

 

桃源郷よ、ゆめ消えてくれるな

北茨城はアーティストにとって桃源郷なのかもしれない。4メートル四方の絵画を描ける広いアトリエ、わんさとふるまわれる美味しい手料理の数々!リノベーションされた築150年の歴史あふれる古民家は宿泊施設としても使いたい放題。地域おこし協力隊や市役所の職員の方々の至れり尽くせりのサポートはとても心強かった。今回、事前調査も含めて北茨城には1週間ちょっと滞在した。岡倉天心が政争で敗れ逃れてきた五浦。私も夢敗れ故郷に隠遁していた時期がある。共感からか天心の著作は浪人時代に随分と読み込み、茶の本で英語の勉強もした。

この桃源郷芸術祭の話がきたとき、自分ほど岡倉天心に寄り添ったアーティストはいない、という強烈な自負がふつふつと湧き上がってきた。北茨城の地で地域の方々と共にイイモノを作りたい、電光石火で本企画に志願した。滞在制作の前に映画「天心」を再度見直し、準備万端、六角堂や五浦美術館はもちろんのこと、ガラス工房シリカ、浄蓮寺、花園神社、そしてよう・そろーなど北茨城の名所を実際に巡り創作の霊感を求めた。今回のテーマは海。天心が六角堂の中で見つめ続けた海がここにはある。大海原を見つめながら、私はそこに宝船のインスピレーションを得た。”まれびと”として自分はこの北茨城に宝を残したいと強く思った。”まれびと”が描いた絵と北茨城の”常民”のことばのコラボレーション、アイディアが浮かんだ瞬間だった。

天心と所縁の深いこの地で日本文化の独自性を披瀝する。絵とことばとの共存。マンガのオノマトペには今もそのDNAが受け継がれている。最近では廃れて久しい短歌や俳句といった文芸の復興もここでは考えてみたい。宝船には”本歌取り”として、国芳、国貞、英泉の合作をオマージュとして用いた。日本の歌文化は古く万葉の時代に至る。それを現代に甦らせ”億”葉集と捉え直したい。本作は私と北茨城のみなさんとで作り上げた協働歌だ。

ワークショップには子どもから、お年寄りまで実に多くの方々に参加していただいた。真剣に書かれた文字はどれも見応えがある。大きい字から小さい字まで、どれもこれも個性に溢れていて絵は豊饒の海となった。参加してくださったみなさん、本当にありがとう!後日、参加者の方から丁寧なメールをいただいた。「障壁画・墨絵の空白に私の俳句を描かせていただきありがとうございました。生涯の宝になります。」”生涯の宝”、このことばをいただけて本当に今回の芸術祭に参加してよかったと思う。これこそ作家冥利につきるというものだ。私の方こそ、参加者の皆さんやスタッフに支えられ、教えられ、さまざまな”生涯の宝”を得た。なるだけ多くの人に感動を受け取ってもらえたら、それはとても素晴らしいことだ。本作からは、これぞ北茨城!という圧倒的な勢いを感じてもらいたい。本作を見て北茨城の魅力ある風土と霊性を再認識し、新たな”磁場”産業へのヒントとして持続可能的に活用されればなおのことうれしい。ワークショップ終わりに食べたアンコウ鍋で胃袋からやっと北茨城に落ち着いた。

宿泊先のARIGATEEでお借りしたマウンテンバイクには東日本大震災復興支援自転車と書かれていた。そんなことが書かれていた日には、自然と心持ちも大きくなって、天下の芸術家の気分になってくる。地方創生を芸術の力で牽引していきたい。単なる一回性のアートイベントではなく、その地域の産業として根付くアートの力こそ本物の地方創生の原動力となるはずだ。その時、アートの力は天の岩度を開く。日本再興は机上の理想論ではなく、文化芸術を愛する人々が作るおにぎりやハンバーグ、そしてたくあんからはじまる。北茨城は天心のカタチを守るのでなく、天心のスピリットをこそ守っていってほしいと切に思う。本作が微力ながら、その精神を応援できるのならばありがたい。

願わくは、私がこの桃源郷を再び訪れることができることを切に願う。

海の幸よ、山の幸よ、おぉ、私の愛した笑顔と活気ある人びとよ。

桃花源記さながら、美しい桃源郷よ、ゆめ消えてくれるな。

一ノ瀬健太

 

ワークショップ開催の様子はこちら↓

地域おこし協力隊通信 vol.51 桃源郷芸術祭ワークショップを開催しました!

2018年3月5日

地域おこし協力隊 〜富士ケ丘Favoratory(フジガオカ・ファボラトリー)〜

 富士ケ丘から自然や文化など、土地の”FAVORITE(お気に入り)”を見つけて、そこから作品を作り、発信していく"LABORATORY(実験室)”という思いを込めて、地域おこし協力隊と、協力隊とともに地域を盛り上げてくれる人々のチームを「富士ケ丘Favoratory」(フジガオカ・ファボラトリー)と名付けました。あなたも、協力隊とともに地域を盛り上げるファボラー(メンバー)になってみませんか?

 

vol.51 桃源郷芸術祭ワークショップを開催しました!

 桃源郷芸術祭2018メインビジュアル

 

 2月25日(日)、漁業歴史資料館よう・そろー伝承館にて、地域おこし協力隊通信vol.44で参加者を募集しておりました桃源郷芸術祭のワークショップを開催しました!

 こちらがワークショップのチラシです↓

 ワークショップチラシ表 ワークショップチラシ裏

 

 東京藝術大学博士課程の一ノ瀬健太さんが、北茨城市に約1週間滞在して描いた巨大な障壁画に、北茨城の魅力を表現した自作の短歌や俳句、メッセージなどを自らの手で描き込んでいただくというワークショップ。

 約50人の方にご参加いただき、一ノ瀬さんの絵と言葉がコラボレートした見事な作品が完成しました!

 

 こちらが、一ノ瀬さんが北茨城市に滞在して描かれた絵です。

 書を描き込む前の絵

 龍の宝船に、七福神が乗っている絵なのですが、その顔は岡倉天心、横山大観、菱田春草、木村武山、下村観山、狩野芳崖、九鬼波津子になっているとのこと!

 岡倉天心を敬愛する一ノ瀬さんならではの作品です!

 

 朝10時。10時から12時までの開催時間で、出入り自由とご案内しておりましたが、多くの方が10時にはお越しくださいました。

 一ノ瀬さんからご挨拶と、ワークショップの流れについて簡単な説明が。

 一ノ瀬氏挨拶

 

 そして、早速ワークショップ開始です!

 まずは、練習スペースで描き込む書の練習。

 練習スペース

 ぶっつけ本番でも構いませんよとアナウンスしておりましたが、やはり皆さんまずは練習をされていたようです。

 

 そして、いざ!本番スペースへ!

 皆さん、思い思いの場所に自らの短歌や俳句、メッセージを描き込んでいきます。

 書を描き込む様子

 

 絵と言葉が、こんな風にコラボレートしています。

 描き込まれた書

 

 参加者の皆さんは、他の参加者さんが描き込む書にも興味津々。

 参加者さんの様子

 参加者さん以外にも、たまたまよう・そろーを訪れていた観光客の方も見学に立ち寄られたりしていました。

 

 地域おこし協力隊の石渡のりおさん・ちふみさん夫妻も参加してくれました☆

 石渡さん ちふみさん

 

 最後に、一ノ瀬さんが龍に目玉を入れます。

 一ノ瀬氏目玉入れ

 目玉が入れられ、龍に命が吹き込まれるようです。

 

 完成した作品がこちら!

 書を描き込んだ後の絵

 一ノ瀬さんの力強い絵に、皆さんの魅力あふれる書が加わって、素晴らしい作品に仕上がりました!

 一ノ瀬さんも予想を超える出来栄えと非常に喜ばれていました☆

 何より、参加された皆さんが楽しそうに書を描き込んでくれていたことが嬉しいです♪

 

 こちらの作品は、桃源郷芸術祭2018の期間中、メイン会場となる茨城県天心記念五浦美術館に展示されます!

 ワークショップに参加された方も、そうでない方も、ぜひご来場の上、この素晴らしい作品をご鑑賞ください☆

 

 作品完成後は、一ノ瀬さんと記念撮影をされる参加者さんも多数。

 こちらは、華川中学校の皆さんです☆

 華川中学校生

 そして、こちらが華川中学校の皆さんが書いてくれた力作です!

 華中生の力作1 華中生の力作2

 左の写真の文字は、誰かの名前の文字の順番を入れ替えて書いているのだとか…?見る人が見れば、すぐわかってしまいそうですね。

 右の写真には、一ノ瀬さんのリクエストで(?)岡倉天心の五浦即時が書かれています。

 

 練習スペースに残された紙も、思い思いのことが書かれていて、なかなか味がありました。

 練習スペースの紙1 練習スペースの紙2

 絵を描いていたお子さんもいらっしゃいました。

 平昌冬季オリンピックが盛り上がっていたこともあり、その時事ネタもちらほら。

 

 以上、最後は少し番外編もお届けしましたが、アーティストと地域の皆さんが協力して仕上げた素敵な作品を見に、ぜひ桃源郷芸術祭にお越しください! 

 

 こちらのワークショップの模様は、NHKの茨城のニュースで放送されました↓

 http://www3.nhk.or.jp/lnews/mito/20180225/1070001829.html

 こちらもどうぞご覧ください☆

 

桃源郷芸術祭とは?

 北茨城で活動する芸術家と、東京藝術大学の新人芸術家らの陶芸、日本画、映像、立体作品などがご覧いただける芸術祭です。

 

 芸術祭チラシ表 芸術祭チラシ裏

 

 

 

title:
天空のシンポジウム
「アーティストから見た東御。東御から見たアート」

「平成29年度戦略的芸術文化創造推進事業」

会場:長野県東御市大日向337​ 東御市北御牧庁舎2階和室

■パネリスト
坂田佳恵 (天空の芸術祭・実行委員長)
堀雅明(芸術むら公園 支配人)
アンナ・ガブリエレ(天空の芸術祭・招聘アーティスト)
まゆちゃぱうぉにか(いばや) & カヤノヒデアキ(リサーチ担当アーティスト)

■モデレーター
一ノ瀬健太(アソシエイツ・アーティスト)

■撮影・編集・全文書き出し
嘉向徹

主催:文化庁、全国芸術系大学コンソーシアム
時間:14:00開始〜16:30終了

詳細はこちらから→【天空のシンポジウム】ダイジェスト動画&全文書き出し

 

 

コンセプト

天空のシンポジウムとは…長野県東御市で開催された天空の芸術祭2017のひとつのプロジェクトとして行われた企画のひとつです。天空の芸術祭・参加アーティストが再発見した東御の魅力を共有し、その活用の仕方について考えました。東御の人々がいかに生きるのか、という未来のビジョンを明確にもち、地域とアーティストとの交流を通して得た知見を活かしながら、信頼できる美しいものを生み出していく、新しいコミュニティの方向性を探ったシンポジウムです。型にはまった思考を解き放ち、自由な気持ちで参加できるシンポジウムとなった次第です。

天空の芸術祭2017: https://www.tenkuartfes2017.com/

 

The sky symposium is one of the projects that took place as a project of the Sky Art Festival 2017 held in Togo City, Nagano Prefecture. Art festival in the sky · We shared the charm of Tohsu which the participating artists rediscovered and thought about how to utilize it. It is a symposium that explores the direction of a new community that clearly has the future vision of how the people of the East live and is making use of the knowledge gained through exchanges between the region and artists and creating reliable and beautiful things . It became a symposium which can release the thought which is addicted to the type and participate with free feeling.

Sky Art Festival 2017: https://www.tenkuartfes2017.com/

title:
龍神・嵐図

精神と時とビットコインの部屋

会場:谷中ユートピア

開催期間:2017年11月20日(土)~ ※ご連絡をいただければご観覧になれます。

開催時間:自由

定休日:自由

コンセプト

■嵐を呼ぶ男

龍神・嵐図解説

一心不乱に物事に取り組む姿は美しい。飽きやすく、移り気な自分はひとつの物事を突きつけめるということができない。ふらふらとクラゲのように世の中の動向に流される。しかし、その中でも、どこかで時代の波に乗り、全レバレッジをかけて世界を動かす嵐の目になりたいと思う時がある。

しかし、その嵐の目になりたいと思う気持ちは純粋であるが、すぐにそのともしびは消える。Youtuberbitcoinerも恥ずかしながら、長く続かないのだ。恥ずかしいのだ。Youtubeにラジオをあげることが、自ら考えたことを吐露し作品にすることが怖いのだ。しかし、自らの恥ずかしさを受け止め、それを超越した時ほど、素晴らしい作品が生まれてしまうから困りものなのである。

アーティスト仲間は愚直に堂々と人に何を言われようが我が道を往くものが多い。私もしばしば彼らに憧れる。私の友人たちは皆そうだ。

 

そう、私の視点はいつもアーティスト側になれない、少なくとも限りなく憧れている小市民の視点に近い。

すべて飽きやすい自分が、一瞬だけ、気持ちの乗る時があるそう〆切である。

 

〆切が迫った時の小市民は強い。とにかく仕上げる。そして、単に仕上げるだけだと満足しない自分がいる。浪人時代に極度に練磨された美意識が自分にはあるから、そこが小市民的ではないのかなと小市民的に思っている。やるからには完成度をあげたいのだ。外に投げ打って、恥ずかしいものを見せることほど辛く、恥ずかしいことはない。言い訳は決してしない性質(たち)だから、作品にすべてを語らせる。ことばは作品の速さに追いつけないことを批評家の自分は痛いほど知っている。だから、自分はクリエイターになったのだ。野球をやるなら外野で野次るよりもイチローでいたい。イチローになれずとも、草野球の球場でバットを振りたい。

 

そんな最中、時々無性に禅画を描きたくなる時がある。溜まっていたマグマが噴き出すかのように一気呵成に書き上げる。日本画の友人が放つ繊細な線に私はまだ勝てない。というか、一生、勝てないような気もする。そこには浪人時代から培われてきた膨大な訓練の時間が込められている。私が岩波文庫とハリウッド映画に膨大な人生の時間を投じたように彼らもまた自らの資源を自らに投資した。その分を今から取り返すことは至難の技なのだ。しかし、私が彼らに勝てるものがある。そう、勢いである。そして、マンガを描いていたのが幸いして、線は観えている、ということだ。そして、知識。

■知識 × 勢いのある線

今回の作品に影響を与えたのは、この2匹である。無限を描いたように眠っている。ビットコインの末広がり、1BTC=8億円、無限、∞。前作の『筋斗雲』をひき連っていたのかもしれないが、モチーフはこれが面白いと思った。

そして、たまたまアトリエ横の住人との雑談の中で、伊豆長八なる者の存在を知った。入江長八は江戸時代末期から明治時代にかけて活躍した名工(左官職人)、工芸家。なまこ壁、鏝絵といった漆喰細工を得意とした職人である。彼の作品に、無限と龍を描いたような作品がある。今回はその模倣(知識)と自分の勢いある線との融合を試みた作品である。純粋に描きたいと思った。

このマグマが〆切と重なった。飲み会の宴中に彼からその話を聞いたのだが、私はあろうことか、気づけば、アトリエに筆を持って立っていたのだ。

そこからの記憶はない。我に還ったとき、お昼ちょうど前くらいだったか。見ればそこに一匹の龍がいたのだ。隠してこの作品は生まれ今に至る。

 

アート市場を呼び覚ませ。莫大な富を生み出す龍となれ。 

■The man calling for a storm

Ryujin · Arashi illustration commentary

It is beautiful to tackle things in a unrelenting manner. It is easy to get bored, and a selfless person can not say things one thing. Like a jellyfish and a jellyfish, it flows in the trend of the world. However, there are times when I want to take the wave of the times somewhere somewhere and want to become the eye of a storm that moves the world with all leverage.

However, although the feeling of wanting to be the eye of the storm is pure, the warp disappears quickly. Both Youtuber and bitcoiner shy, they do not last long. It's embarrassing. Raising a radio to Youtube is afraid to make a work by discharging what he thought. However, it is troublesome because it accepts own embarrassment, and when it transcends it, a wonderful work is born.

Many of the artists go straight on our way regardless of what they say to people in confidence. I long for longing for them. All my friends.

In case

Yes, my point of view is always close to the point of view of small citizens who are longing for as long as they can not become artists side by side.

Everything is easy to get bored, there is a moment when you have a feeling to ride ... so deadlines.

In case

Small citizens are strong when the deadline approaches. Anyway finish it. And there is one who is not satisfied if it is just finishing up. Because I have aesthetically praised extremely in the Ronin era, I think that it is small citizen by small citizen. I want to increase perfection from doing. It's as hard as throwing outside and showing embarrassing things, nothing embarrassing. Nature that never makes excuses, so let's tell everything in the work. Critic himself knows painfully that words do not catch up with the speed of the work. So, I became a creator. If I play baseball I want to be Ichiro rather than going out in the outfield. Even though I can not become Ichiro, I want to shake the bat at the baseball stadium.

In case

In such a period, sometimes there are times when you want to paint a zen picture quietly. Magma that had accumulated will be written up at a stroke as if spitting out. I can not win yet on delicate lines released by friends of Japanese paintings. Or, I feel like I can not win. There is a huge amount of training time that has been cultivated since the Ronin era. They also invested their resources on their own, as I spent huge life time on Iwanami Bunko and Hollywood movies. It is a very difficult technique to recover from that point. But I have something that I can win. Yes, it is momentum. And I am fortunate that I was drawing manga and I can see the line. And knowledge.

■ Knowledge × momentary line

These two animals influenced this work. I sleep as if I drew infinity. Expansion of bit coin, 1 BTC = 0.8 billion yen, infinity, ∞. Perhaps he was going on ahead of the previous episode of "Sarcophagus", but the motif thought this was interesting.

And, by chance, in chatting with the inhabitant living next to the atelier, I learned of the existence of Izu Chorihachi. Irie Changchuan was a masterpiece (an official craftman), a craftsman who was active in the late Edo period and the Meiji era. It is a craftworker specializing in plastered work such as sea cucumber wall and iron painting. In his work there is a work that depicts infinity and a dragon. This time I tried to fuse that imitation (knowledge) with my momentous line. I wanted to draw purely.

This magma overlapped with deadline. I heard that story from him during the party of the drinking party, but if I noticed, I was standing with my brush on the studio.

There is no memory from there. When I came back to myself, was it just before noon? There was a dragon there when I saw it. Hiding this work was born now.

Call the art market. Become a dragon that produces huge wealth. In case

 

title:
未来の涅槃図

天空の芸術祭2017

会場:長野県東御市北御牧総合支所2階 和室(松)

開催期間:9月30日(土)~10月29日(日)※若干前後する可能性があります。

開催時間:9時〜20時 

定休日:なし

ウェブサイト:https://www.tenkuartfes2017.com/

 

 

コンセプト

「未来の涅槃図」イコノロジー的作品解説

■全体解説

かつて朝廷に馬をおさめ、近代においては養蚕業が盛んであった東御地域は各地方自治体と同様、少子高齢化の課題を抱えながら地方創生を掲げる。本芸術祭に都市への人口流出を止める手立てはあるのだろうか。東御の未来のシナリオは限界集落を経た自治体消滅か、それともコンパクトシティによる生き延びなのだろうか。ある限界集落の人々に話によれば、意外にも住人たちは気楽であった。滅びゆく自らを自虐的に、客観的に見つめるしたたかさの美学がそこにある。この東御というまちの未来を想像し、自らのまちの未来、そして自分自身の未来の受け止め方を想像する余波を鑑賞者の心に投げかけたい。

■建物の桟を野馬除に「見立て」る

東御の御牧台地は断崖による自然の柵を除けば、周囲を約38㎞に渡って馬が逃げないよう土手が築かれていました。その痕跡は市の指定文化財に指定されています。本作では和室の桟を柵に見立て、柵の向こう側に馬がいるかのような情景を表現しています。東御地域は馬の文化と密接な歴史があります。御牧原台地はかつて平安時代、「望月の牧」と称され朝廷に馬を納めていました。精選された駿馬たちは今回の芸術祭の展示場所でもある両羽神社でお祓いと旅の祈願を受け、京都に送られていました。馬との蜜月は近現代まで続いていました。馬の名産地であった御牧は満州に馬を供給していたのです。馬たちは戦地で兵士の弾丸の盾になるなど”立派”に闘いました。その供養のための像が芸術むら公園にありますので、お時間のある方はそちらもご覧ください。また柵はそれだけの象徴ではありません。リサーチの結果、東御にはオウムと闘った歴史のあることがわかりました。よかれあしかれ、住民が一致団結して、自分たちのための”未来”を生み出すことに力強いエネルギーを感じました。この柵は共通のルールづくりと住民の合意と自由意志で作られた未来の柵なのです。湯の丸インター成立の過程など、地元の方たちが自分たちのあり方、ならびに自治を意識して行動した歴史が東御にはあります。行政という自治の結果に基づき運営がなされる役場で展示されていることは、その象徴でもあります。

両羽神社

■畳の痕跡

馬の輪郭線をよく観察してみてください。段々とした模様に気づくと思います。それはこの和室の畳の模様なのです。この場にビニールシートを敷いて制作したたため、力を込めて描いた際には畳の跡が残ります。ちょうど硬貨の表面に紙を当て鉛筆でこすると下の柄が出てくるのと同じですね。和室という日常のあるがままの空気感が畳の模様を通じて伝われば幸いです。美術の用語でサイトスペシフィックという概念があります。それはその場でなければ表現できないことという意味で用いられます。本作もこの場で制作することで滲み出てくる畳の痕跡を感じていただければと思います。

 

■日常の空気

和室利用のご案内やカレンダーなど滞在制作以前の和室の状態をとどめています。今回の天空の芸術祭のテーマは「生活は芸術だ」です。馬との空気を自然なものとして生きる東御の日常性を浮き上がらせる狙いがあります。

■未来の涅槃図

涅槃はネガティブに感じられるかもしれません。しかし、自分の未来を考え、どのように死にゆくかと考えた時、自らの生き方が逆照射されます。終わりまで、どのように生きたいか、ビジョンが芽生えるはずです。白黒のモチーフは暗いイメージを持つかもしれませんが、そこに色を加えるのはあなたです。この和室にいる馬は過去に滅んだ馬の表れではなく、”今”や”これから”の東御の未来なのです。

 

■馬の構図

描かれた馬の構図は長谷川等伯という戦国時代の画家が描いた『牧場図屏風』を参考にしています。戦国時代の画家を用いたのは、武田信玄に仕えた真田氏が崇めた白鳥神社に参拝したことが無意識に働いていたのかもしれません。

■高山植物や名産品

馬の周りにあるのは、東御地域の高山植物です。主に5月から9月にかけての植物たちを描きました。他にもスイートコーンやぶどうなど自分が食べてみて美味しかった地元の名産品を描きました。アケボノゾウやオオルリシジミもどこかにいるかもしれません。

 

"Nirvana figure of the future" Iconological work commentary

 

■Overall commentary
In the past, the East Region, where sericulture was popular in the modern age, holds horses in the imperial court, as well as local governments, it raises regional creation while faced with the problem of low birthrate and aging population. Is there a way to stop the population runoff to the city at this art festival? Is the future scenario of Tohru is whether the municipality passed through the marginal settlement or the survival of the compact city? According to people in a marginal settlement, residents were surprisingly easy. There is the aesthetics of sharpness to objectively see myself self-destructively. I want to imagine the future of the city of Tohoshi and to cast the aftermath of the viewer's imagination to imagine the future of my town and the future of ourselves.

 

■ "Approach" the building rungs to exclude the horse
On the Omaki plateau of the East, except for the natural fence by the cliffs, banks were built so that the horses would not escape for about 38 km around. The trace is designated as the designated cultural asset of the city. In this work, the bar of a Japanese style room is set as a fence, and it expresses the scene as if there are horses on the other side of the fence. East Region has a close history with horse culture. In the Heian period, the Makinohara plateau was called "Makizuki no Maki" and was holding a horse in the courtroom. Selected fur seres were sent to Kyoto after receiving prayers and traveling prayers at Tsuwa Shrine which is also the exhibition place of the art festival this time. Honeymoon with horses continued until modern times. Ogaki, a famous hometown, supplied horses to Manchuria. Horses fought against 'fine' such as becoming a soldier bullet shield at the battlefield. Because there is an image for that retirement in the art uneven park, if you have time, please have a look there as well. Also the fence is not a symbol of that much. As a result of the research, I learned that there is a history of fighting parrots in the East. Welcome back, the residents felt a powerful energy to unite and create a "future" for them. This fence is a fence of the future made with common rule making, residents' agreement and free will. There is a history in the local community, such as the process of establishing the Yu no Maru interchange, the history that local people acted with awareness of their own way and autonomy. What is exhibited at the office where management is based on the result of autonomy like government is also a symbol of that.

■ Traces of tatami
Please carefully observe the outline of the horse. I think you will notice gradual patterns. It is a pattern of tatami in this Japanese style room. Because I made vinyl sheets on this occasion, when I paint with a lot of power, the trace of tatami remains. Just rubbing the surface of the coin with paper and rubbing it with a pencil is the same as the lower handle comes out. I would be pleased if the feeling of the air as it is in the everyday Japanese style room is transmitted through the pattern of tatami. In terms of art there is the concept of site-specific. It is used in the sense that it can not be expressed unless it is situated. I think that this work also feels the trace of tatami that comes out owing to production at this place.
In case

■ Daily Air
We are keeping the state of the Japanese-style room before the stay making such as guide of Japanese style room use and calendar. The theme of the art festival this time is "Life is art". I have an aim to raise the everyday nature of the East that lives with the air with horses as a natural thing.

■ Nirvana figure of the future
Nirvana may feel negative. However, when thinking about my future and thinking how to die, I will be illuminated with my own way of life. Until the end, the vision will be able to grow, how to want to live. Black and white motifs may have a dark image, but you add color to it. The horse in this Japanese room is not a manifestation of a horse that was destroyed in the past, it is the future of the future of "now" and "future".
In case

■ Composition of a horse
The composition of the drawn horse is based on the "pasture picture folding screen" drawn by a painter in the Warring States period called Hasegawa Seki. Perhaps it was that he used the Warring States era painter unconsciously that he worshiped Shiratori Shrine that Mr. Sanada who served Takeda Shingen worshiped.

 

■ Alpine plants and specialties
What is around the horse is an alpine plant in the East Region. I mainly drew plants from May to September. In addition, I drew a local specialty product which I tried eating, such as sweet corn and grapes, which was delicious. Akebono - zu and Ororishidimi may also be somewhere.

 

 

title:
筋斗雲
第12回「藝大アートプラザ大賞展」入選

開催期間:平成29(2017)年10月13日(金)〜26日(木)

場所:東京藝術大学大学美術館2階ミュージアムショップ

 

コンセプト

■飛躍

今年のテーマは「飛躍」ということで、近年話題になっているビットコインの飛躍的値上がりをモチーフに作品を制作しました。この仮想通貨バブルはドットコムバブルとしばしば比較されますが、どのコインが残るのか、それはやっぱり運もあるのではないだろうか。どんなにロジックを駆使して調べても、どんなものもやっぱり最後は”運”、”神頼み”。そんな思いを込めて作った大変ご利益のある作品です。

 

日々の清く正しく美しい営みの中で、欲張らず、雨にも負けず、風にも負けず、そんな生活を送る者にこそ、神様が微笑んでくれる、ということに結局は由来するのではないかと思います。

 

■金と運

作品タイトルは『筋斗雲』、金と運の掛詞です。スパイラルに飛躍的に上昇していく金のうんち、どこまでもどこまでも昇っていく。それはまさに、世の中の人と色と金を嫌った人間嫌いの作家が一羽の雲雀に込めた祈りを表現しています。意識高い系の上昇志向という意味合いも込めてあります。それと同時に、日々のブラック企業的な日本社会・言論の自由が封殺された日本の世間から一早く解脱したい。早く”億り人”になって世間から逃れたい。ただ逃れるだけでなく、金持ち陶淵明でありたい。そんなわたしの純粋な混じり気のない複雑なありのままの気持ちを込めました。

 

■無限と8の字

無限に上昇するビットコイン価格。60万を超えたぐらいでビビっていてはいけません。ビットコインは1BTC=8億円になるのです。ビットコイン(の原理)はインターネット以来の大発明で、これから私たちの生活の一切を劇的に変えます。政治、経済、国家、行政、法制度とといったありとあらゆる社会機構に変革をもたらします。それくらいのインパクトがあるんだぞ!ということを端的に示すためにこの配置を行いました。日本は滅びます。海外に出てごらんなさい。日本円の弱さを痛感します。今はいい。まだいい。先進国のアドバンテージがある。しかし、そのアドバンテージはもうないに等しいのです。フランクフルトのFKK、the Palaceにてチャイナマネーを目の当たりにしたわたしは、日本円を信用せず、ビットコインを信用しようと決意し、帰国したのちに、わたしのすべての貯金をビットコインに変えたのでした。福沢諭吉は自分で考える人間を好みます。天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らずと云えり。一身独立して、一国独立す。わたしは日本を愛するがゆえに、一度田舎に戻った白洲次郎のように、日本円をビットコイン化しました。それが日本を救う資金になるのです。

■フリーメーソン

ビットコインの背後には世界を透明化していくという壮大な思想が隠されています。インターネット、ウィキリークス、フェイスブック、そしてビットコイン。世界はますます”自由”になっていきます。その自由を加速させるものたちがいます。世界をより良いものにしていこうという革命集団、それがフリーメーソンです。人間は自由になるためにいきている。これは古代ギリシアから脈々と受け継がれた学問の王道でもあります。レオナルド・ダ・ヴィンチが希求したリベラル・アーツこそが人間の生きる意味であり、教養を極めることこそが人間としてもっとも尊いことでもあります。ビットコインの日本最大の取引所であるbitFlyerのCMを見れば一目瞭然でしょう。見る人が見れば、わかる。その背後にある壮大な思想がこのビットコインには秘められているのです。さぁ、あなたも世界を自由にしましょう。

 

■虹色に輝く論文

サトシ・ナカモトによって書かれたビットコインの原理の論文の表紙が記載されています。ここから溢れ出るのは夢の世界です。夢とロマンに満ちた、ますます豊かな世界になる、祈りがここには描かれています。世界には努力しても銀行口座を持てない人が13億人います。努力をすれば実る。努力して夢破れた人にも手厚い保護がある。この論文を読んで、わたしは、そうした世界に向かっていく原動力を感じたのです。

 

■招き猫

招運福来。招き猫。運を呼び寄せます。しかもこれ、なんと動きます!!!


Work Concept

■Leap

The theme of this year is “leap”, I made a work with the motif of a dramatic rise in bit coin which has become a hot topic in recent years. This virtual currency bubble is often compared with the dot com bubble, but it seems that there is luck with which coins remain after all. No matter how much you looked at using logic, everything is the last “luck”, “godly trust”. It is a work with very much interest that I made with such thought.

In the daily clean and correctly beautiful activities, it seems that eventually it may come from that God smiles for those who live such a life without being greedy, losing the rain, not losing the wind, after all think.

■ Gold and luck

The title of the work is “Sumitomo”, a gift and luck of luck. The gold poo that rises dramatically to the spiral, rising as far as anywhere. That is exactly what the world is expressing the prayers he put in a honeymoon, a human-hated writer who dislikes color and money. It also contains the meaning of rising mindset of a conscious high system. At the same time, I want to release from the Japanese world where the freedom of speech of Japanese black society and speech every day is black every day as soon as possible. I want to escape from the world by becoming “a billion people” as soon as possible. Just not only to escape, I want to be rich Kaoru Akira. I put such a pure, incomprehensible complex intrinsic feeling of mine.

■ Infinite and the figure 8

Bit coin price rising indefinitely. Do not be overworked at over 600,000. The bit coin is 1 BTC = 0.8 billion yen. Bitcoin (the principle) is a big invention since the Internet, and will change dramatically everything in our life from now on. It brings innovation to every social organization such as politics, economy, nation, government, legal system. It has about that impact! This placement was done to clearly show that that. Japan will perish. Go abroad. I am keenly aware of the weakness of the Japanese yen. It is good now. It is still good. There is an advantage of developed countries. However, the advantage is no more. I saw China money at Frankfurt’s FKK, the Palace, I decided not to trust the Japanese yen, I decided to trust the bit coin, after I returned home, I converted all my savings into bit coins did. Fukuzawa Yukichi likes humans who think by himself. Heaven tells us not to make a man on top of the person, not to make a person under the person. Independently, independence of one country. Because I love Japan, I made a bit coin into the Japanese yen like Jiro Shirasu who returned to the country once. That will be funds to save Japan.

■ Freemasonry

Behind the bit coin, the grand idea of ​​making the world transparent is hidden. Internet, WikiLeaks, フ ェ イ ス ブ ッ ク, and Bitcoin. The world becomes increasingly “free”. There are things that accelerate that freedom. It is a revolutionary group to make the world better, that is Freemason. Humans are going to become free. This is also the royal road of succession inherited from ancient Greece. Liberal arts that Leonardo da Vinci wished for is the meaning of human beings, and it is also the most precious human beings to cultivate. It will be obvious if you look at the CM of bitFlyer which is the largest exchange of bit coins in Japan. If the viewer sees it, I can understand. The magnificent thought behind it is hidden in this bit coin. Let’s make the world free now.

■ Rainbow-colored paper

A cover of the paper of the principle of bit coin written by Satoshi · Nakamoto is stated. It is the dream world that overflows from here. Prayer is drawn here, becoming an increasingly rich world full of dreams and romances. There are 1.3 billion people who can not have a bank account even if they make efforts in the world. If you try your hard work. People who have struggled and dreamed of have dreadful protection. I read the paper and I felt the driving force towards that world.

■ inviting cat

Fortune of invitation. Lucky Cat. I will bring luck. And this, how it works! ! !

… After all, a lot of people stop their feet. I am thankful! Investors, how about one cat in this very advantageous super inviting cat family? What? \ (^ O ^) /

Purchase at the high price of the first time in the history of the Beauty of Beauty, Let ‘s make history together! lol

 

 

 

title:
あゝ上野駅!

会場:上野駅Breakステーションギャラリー

開催期間:2017年8月5日(土)~9月14日(木)

開催時間:始発時〜終電時 

コンセプト

コンセプトは、”上野”

 

浪人生の頃から憧れていた上野!浪人の頃からずっと、大学に合格した瞬間も、上野はぼくの眼に、ずーっと、このように映っていました!!!そして、それは今も変わりません!

夏祭り、蓮の不忍池、春夏秋冬問わず美味しい上野商店街の味、春の桜、年々歳々花相似たり。歳歳年年人同じからず。上野に訪れた人の思い出は、きっと自分のようにこんな華やかでカラフルな記憶となって、生涯の人生の宝物として機能するのではないでしょうか。伊沢八郎の「あゝ上野駅」から変わるべきところは変わり、変わらぬべきところは変わらぬ「あゝ上野駅!」、国際文化芸術発信拠点UENOとして新しい上野像を提示できれば幸いです!

満員電車に揺られ、新潟の粗大ゴミと呼ばれながら、上京した昔が懐かしいです。そろそろ少しは使える中古品粗大ゴミになれたでしょうか。

金持ちもホームレスも、みんなちがってみんないい。そして、人間は身分の貴き、卑しきに寄らず、ウンチをする。そして、そのウンチすらも上野は黄金化してくれる。そんな夢のような場所が上野なのです。そんな清濁併せ飲む上野の多様性が自分は大好きです。最近、ホームレスが減ってきて、ちょっと寂しいですが、浄化作戦の行き過ぎを憂います。噴水前も夜間はスケボーやオタ芸で賑わっておりますが、のんびりしたい人にとってはうるさくて邪魔な時もありますが、お互い様の精神で、いい感じで皆が共存できる使い方が実現されることを祈っております。

 

上野というまちでは、みんなが主役。黄金のパンダもいれば、ゴキブリもいます。ですが、そのどれも上野にはなくてはならない存在なのです。上野という生態系の過去と現在と未来を作品に込めました。黄金のパンダだけでなく、黄金のキリンやシマウマ、恐竜など上野動物園教育普及課、科学博物館といった上野の文化施設にある生き物たちが黄金に輝いています。

 

上野の西郷さんは、敬天愛人ということばを残しました。江戸無血開城に導いた公に殉じる心はいつの時代も尊くあります。朝敵とされた西郷さんの頭の上に菊を配しました。西郷さんが描いた未来。西郷さんが望んだ人と人とが互いに好意を尽くし、そしてそれを喜びとする素敵な賑わうまち、上野。

 

すり鉢山古墳から、東照宮、上野戦争、そして東京大空襲…上野を歩けばいつも歴史の地層に当たります。

 

花をじっくり見てください。そこには上野に訪れた老若男女が見て取れます。そして、その人々は様々な時代から訪れています。駅員や昭和の着物をきたおばあさん、現代の子どもたち。過去・現在・未来の人々それぞれに、このまちの思い出があります。訪れる人々が素晴らしい体験をし、それを生涯の宝物としての思い出になることを切に祈り込めた作品が本作品です。

 

 

 

ちょこっとラブ解説:
風呂敷がドラえもんのタイムマシーンっぽいのにはその理由がありました。自分の作風は”見立て”で構成されておりますので、存分に枯山水としてお楽しみください。込められたメッセージをぜひ読み解きほぐしちゃってください!!!

– – –
作品名:あゝ上野駅!
展示タイトル『藝大生、片想い中』によせて:
浪人6年の永き間、藝大生【に】片想いしていた。春先の霧雨、上野の杜、見上げた合格掲示板で実った恋。憧れ続けた上野というまちで芸術ができる!上野はおいらの心の駅だ!西郷さん!パンダ!美術館!UENO万歳!

上野駅Breakステーションギャラリー
〒110-0005
東京都台東区上野7 上野駅正面玄関口ガレリア2F
JR上野駅正面口よりすぐ

#上野駅Breakステーションギャラリー#藝祭

 

 

At Ueno station “Ah Ueno station !” is exhibited!

I am exhibiting on Ueno station central ticket gate ! ! ! When you are nearest please take a look at it in good my work!

The concept is “Ueno”

Ueno I was longing since I was a Ronin! From the time of a ronin all the time I passed the university, Ueno was reflected in my eyes all the time like this! ! ! And it still does not change!

Taste of the Ueno shopping district regardless of the summer festival, lotus’ Shinobazu pond, spring, summer autumn and winter, cherry blossoms in spring, flowers like the year after year. Years Year Year Person same as. Memories of those visiting Ueno will surely be such a gorgeous and colorful memory like yourself and will function as a treasure of a lifetime life. It is greatly appreciated if the place to change from “Ao Ueno station” of Izawa Hachiro will change, we will be able to present the new Ueno statue as the Ueno station for international culture, art Ueno!

I was shaken by a crowded train, I was called coarse garbage in Niigata, and I miss long ago when I went to Tokyo. A little can be used second hand goods Was it possible to become coarse garbage?

Everyone is different, rich and homeless. And, humans do not depend on despotism, despair, and do notch. And Ueno makes it golden even with that evening. Ueno is such a dreamy place. I love myself so much about the diversity of Ueno that drinks such clouds. Recently, homeless people are decreasing, I am somewhat lonely, but I am sorry for the excessive purification strategy. We are crowded with skateboards and otaku in the evenings before the fountain, but there are times when it is noisy and disturbing for those who want to relax, but I pray that the usage that can be co-existed with each other’s spirit is realized with mutual spirit We are.

Everyone is the leading character in the town called Ueno. There are golden pandas and cockroaches. But, none of that is an indispensable presence in Ueno. The past, the present and the future of Ueno’s ecosystem were included in the work.

A little love commentary:
There was a reason for the wrapping cloth to be like a time machine of Doraemon. Your style is composed of “look”, so please enjoy it as a kettle water. Please read and unravel the message you’ve put in! ! !

– – –
Title of work: Ao Ueno station!
Regarding the exhibition titled “Daiko Daishi, Unrequited Medium”:
For a long time in the Ronin six years, I was thinking of an art girl. Spring rainy season, Ueno no Mori, looked up passed on a bulletin board, a truly love. Art can be done in the town Ueno which I longed for! Ueno is the station of my heart! Mr. Saigo! Panda! Art museum! UENO million years!

Ueno Station Break Station Gallery
〒 110 – 0005
Ueno 7 Taito-ku, Tokyo Ueno Station Front doorway Galleria 2F
From JR Ueno Station Front Exit

# Ueno Station Break Station Gallery # Musical Festival

 

title:
だるま図

謎解きアートで遊べる「浴場とヒタキバを巡る小さな冒険」

会場:元銭湯「宮の湯」(文京区根津2-19-8)

開催期間:2017年4月22日(土)~5月6日(土)※若干前後する可能性があります。

開催時間:16時〜21時 ※最終入館20:30

定休日:火曜

入館料:1000円(学生は300円)

 

コンセプト

禅画、大好きです。最近、ちょくちょく襖に絵を描かせていただいております。それで生計を立てられるくらいにしていきたいと思います。ぜひお仕事のご依頼くださいませ!一気呵成に書き上げます!モチーフなどのご相談あれば、承っておりますのでぜひ!

I love Zen, I love you. Recently I have been drawing pictures to the sliding doors for a while. I think that I would like to make a living. Please do not hesitate to ask for work! We will write it up at once! If you have consultation such as motif, please do so by all means!

title:
おとなの自由研究

謎解きアートで遊べる「浴場とヒタキバを巡る小さな冒険」

会場:元銭湯「宮の湯」(文京区根津2-19-8)

開催期間:2017年4月22日(土)~5月6日(土)※若干前後する可能性があります。

開催時間:16時〜21時 ※最終入館20:30

定休日:火曜

入館料:1000円(学生は300円)

 

コンセプト

これも禅画です。真実を直視せよ、というのがコンセプトです。3.11が起きた直後に制作された作品で、これまで発表することをためらっていた作品です。真実は残酷だが優しい。天地は仁ならず、なのであります。ポスト・トゥルースがいよいよ顕在化してきたため、やはりこの作品を世に捧げる必要性を強く感じてきました。悪ふざけの極地、人間の業、他者から見たときの被災の快楽、シャーデンフロイデ。原子力発電をありのまま認識せず、ここまできたこと、そして、原発は良きにつけ悪しきにつけ保留しても、その後の対処や現場で起こっていることに真摯に眼差しを向けないことは悪手である。本作品はそうした知ろうとしない態度への警告文とさせてください。右翼も左翼もバカばっかりです。どちらも日本語で考えているのならば、日本を愛していることがデフォルトです。気づかないのは自分の外ばっかり見ているからです。他者を気遣っているアンコンシャスヒッポクリットに酔っているだけです。一番たちが悪いです。福島の食べ物は安全です!安心です!人を見よ!この人を見よ!Ecce homo!人を支えよ。困っている人がいたら助けろ。穢くなったら、洗え。そして、穢くなる前に洗え。見たくない真実は見つめなければならない。そこから、そこからすべてがはじまるのだ。あなた自身の穢さを見つめてください。生の現実を直指人心、見性成仏。克己せよ。

 

This is also a zen drawing. The concept is to face the truth. It is a work that was produced immediately after the occurrence of 3.11, a piece hesitantly to hesitate to announce. The truth is cruel but gentle. The heaven and earth is not incompatible, it is. Since Post-Truth is finally becoming obvious, I have felt strongly the need to dedicate this work to the world as well. The pole of the prank, the work of man, the pleasure of the disaster when seen from others, Sherden Froude. Even if nuclear power generation is not recognized as it is, and what has come up to here and nuclear plants are held as good as bad, it is a bad hand not to take a serious look at what to do next and what is happening in the field. Please let this work be a warning to the attitude that you do not want to know such a thing. Both the right wing and the left wing are foolish. If you are thinking about both in Japanese, it is the default that you love Japan. I do not notice because I am watching from outside of myself. I am just drunk by Unconscious Hippo Crit who is concerned about others. The best is bad. Food in Fukushima is safe! It is safe! Look at a person! Look at this person! Ecce homo! Support people. Please help me if you are in trouble. When it gets dirty, wash it. And wash before becoming dirty. You have to look at the truth you do not want to see. From there, everything starts from there. Please look at your own scum. Direct reality of raw reality humanism, euphoria Buddha. Let's overcome.

 

Click here for the door of the truth from here ※ [viewing attention] Please have sufficient preparedness.

- Below is the black history of the arrival of youth. Let's start with まず. I will show my devastating history to heaven.

 

2012 Rotary Festival Kanazawa Game exhibition work

Adult freedom research

Tokyo representative Tokyo National University of Fine Arts undergraduate arts 3rd year Kenta Ichinose

 

It is not possible to display poorly because it will be exhibited on behalf of all the performers. I would like to demonstrate Noblesss Breezes as a student at Tokyo National University of Fine Arts, the best university in the university. I am honored that it will be an extremely honored thing I can exhibit in historical and traditional ancient capital, Kanazawa, and I will take this opportunity to express my thanks to the people concerned.

 

This work is a research on the process of generation of shame (chikage).

 

The aim of this work is proof that living is an unclean thing. The history of mankind is the history of something innocent. Tragedy is always born from where people do not suspect their own good. Everyone is a useless person in usual times. Normally I do not always have a man called a bad person. Auschwitz officials, present government officials in Japan and TEPCO are the same normal people as us who have families anywhere. However, it is time when interests are involved in them. When color and money are involved, the good man of the past will also be transformed into a teacher of mind.

Public opinion is opposite to nuclear power, but in the local election where there is nuclear power, the candidate for promotion of nuclear power will win. It will always be such an examination, job hunting activity, business place. I know but I can not stop. The very essence of the problem is here. In the extreme situation of being eaten or eaten, people can not help choosing who to eat. It is exactly the business itself.

Our country itself bore other countries in the Meiji era. We live everyday by eating people. It is a born war. Thus I also took a person when entering the Utsunomiya. I ran out of people and kicked them off. Became demon and became evil people.

I think that everything will start from the fact that everyone of us is a dirty being and I will find it firmly. I do not think anything will start as long as my eyes are turned away from the shame. Let's start with まず.

I recognize myself as being unclean. If people who saw this work were also aware that it was the same as myself, it was worthwhile to endure shame and to recruit my shame. Position the affirmation and affirm. It would be greatly appreciated if you could mutter like this on the way home or on your way home.

 

This is OK! …When.

真実の扉はこちらから ※【閲覧注意】十分な覚悟を持ってクリックしてください。

-以下は若気の至りの際の黒歴史である。まずは隗より始めよ。私の穢い歴史を天下に披瀝する。

 

2012年 五芸祭 金沢大会 出品作品 

おとなの自由研究

東京代表 東京藝術大学 美術学部3年 一ノ瀬健太

 

 全藝大生を代表して展示するからには下手な展示をする事はできません。天下の最高学府たる東京藝大で学ぶ者としての矜持、ノーブレス・ブリージュをこの場で発揮致したく思います。歴史と伝統溢れる古都、金沢で展示できるたこと至極光栄に思い、この場をかりて関係者の方々への謝辞とさせていただきます。

 

 本作品は恥垢(ちんかす)の生成過程の研究であります。

 

 本作品の狙いは、生きるとは穢いことだ、ということの証明です。人類の歴史は穢いものの歴史です。人が自らの善人さを疑わないところからいつも悲劇は生まれます。私たちは普段誰しもが善人です。普段からいつも悪人という奴なんかまずいません。アウシュビッツ関係者も、現在の我が国の政府関係者も、東電の方々も、どこにでもいる家族を持った私たちと同じ普通の人間です。しかし、彼らが豹変するのは利害が絡んだ時です。色と金が絡んだ時に、先の善人もこころの先生に変貌します。

 世論は原発反対、しかし原発のある地元の選挙では原発推進の候補者が勝利する。受験や就職活動、ビジネスの場ではいつもそんなものでしょう。わかっちゃいるけどやめられない。まさに問題の本質はここです。喰うか喰われるかの極限状況では、人は喰う方を選ばざるを得ないのです。まさしく業そのものなのですから。

 私たちの国自体が明治時代に他国を喰いました。私たちは日々、人を喰って生きています。それは生まれながらの戦争です。かくいう私も藝大に入る時に人を喰いました。人を出し抜き、蹴落としました。鬼になり、悪人になりました。

 私たちの誰しもが穢い存在であること、それをしっかりとみつめることからすべてははじまるのだと思います。穢いから目を背けていては何もはじまらないと思うのです。まずは隗より始めよ。

 私は自分自身を穢いものと自覚します。この作品をご覧になった方々も私と同じような存在であると自覚してくだすったのならば、恥を忍んで我が恥部を披瀝した甲斐もあったというものです。業を見据え肯定する。お帰りの車中か帰り道かで、こうつぶやいていただけたら本当に幸いです。

 

これでいいのだ!と。

 

title:
不忍池

第11回「藝大アートプラザ大賞展」入選

開催期間:平成28(2017)年10月14日(月)〜23日(水・祝)

場所:東京藝術大学大学美術館2階ミュージアムショップ

第11回「藝大アートプラザ大賞展」授賞式を開催(11/14)

 

コンセプト

禅画に他の僧侶に円を描かせ、そこにただ一点のみの点を打ち、自らの讃とする作品がある。今回は渋谷ワンダーサイトでも展示を行うなど精力的に活躍されている画家・染谷浩司さんの協力を得て創作を行った。近年注目を集めているアートデレクションの観点から自分では描かないというアートディレクション的作品である。ディレクションという行為を通じ、自己と他者のオリジナリティーの境界に揺さぶりをかけることを意図した。

 

There is a work that makes Zen painting circles by other monks, striking only a single point there, and making them praise themselves. This time, I made creative with the cooperation of Kiyoshi Someya, a painter who is energetically active, such as exhibiting at Shibuya Wonder Site. It is an art directional work of not painting by myself from the viewpoint of art direction which attracts attention in recent years. Through the act of direction, I intended to shake the boundary between self and others' originality.

 

 

title:

□△○1枚、時価¥30,000~2,000,000(応相談)

会場:東京藝術大学・絵画棟アートスペース2

開催期間:2011年1月10日(月)~1月14日(金)

開催時間:10時〜17時 

*サイズによりお値段が変わります。ご了承ください。
*下半身のマークは外すことも可。

コンセプト

レオナルド・ダ・ヴィンチと禅の融合を意図した作品です。(2011年)

ダ・ヴィンチがウィトルウィウス的人体図でこの世界の”理”、世界・神・人のセンス・オブワンダーを表現したように、本作品は江戸の禅僧で画家でもある仙厓の作品をオマージュしながら自らの身体を用いてダ・ヴィンチが表現したかったものと同じものを表現しようと試みました。

人間は何のために学ぶのか、という素朴な疑問を考えた結果、”自由”になるため、だという結論を得ました。教養とは凝り固まった知性から自由になれる加速器のようなものであり、実際に自由の象徴でもある丸裸という恥部を晒すことで失われるものと得られるものとを実験してみたかったという点があります。

昔の自分よりも、この作品を制作し、発表した自分の方がより自由でいられるような気がします。なぜ人は裸のまま生まれてくるのに、裸が禁止されるのか、素朴な疑問に答えを出したかったという意味合いもあります。もし裸であることが罪であるならば、私たちは生まれながらに罪人となってしまいます。本来の裸は美しくないのでしょうか。私は美しいと思います。なぜギリシア彫刻の裸は許されて、生身の裸は許されないのでしょうか。ボッティチェリティッツィアーノクラーナハ春画、さらにはコンビニのエロ本はよくて、現代のアーティストが描く裸体画はいけないのでしょうか。なぜジョン・レノン&オノヨーコの裸はよくて、一般人の裸はよくないのでしょうか。そうした裸体になることは選ばれしものだけなのでしょうか。私は違うと思います。人それぞれにそれぞれの裸体の美しさがある。ありのままの姿がある。そうした数々の疑問の答えを探るため、またそうしたことを語る議論の場を創出したいと考え、本作品を制作いたしました。空気に踊らされない熟議を経たヌードの展示を強く望みます。

時代の無意識な思い込みや、ドグマは自由からの逃走をもたらします。管理されることは楽であり、管理になれた時に人は、しなやかな批評性を失ってしまいます。そうなりかけた時のための自衛のための予防線として、家康が三方ヶ原戦いで描いた自画像的な用途で、凝り固まる自分への警鐘として、自由になることを希求することを忘れぬように、その時の自分の勇気ある姿を写し取りました。萎縮せず、創作のフロンティアを開拓していきたいと思います。上司も嫌な同僚も、好きなあの子もみんな、みんなで一緒に裸(ボノボ)になりましょう。

It is a work intended to fuse Zen with Leonardo da Vinci.

As Da Vinci expressed the "theory" of this world in the Vitruvian human body diagram, the world · god · human sense of wonder, this work tributes while talking about works of Senjo which is a painter of the Edo Zen monk I tried to express the same thing as what Da Vinci wanted to express using my body.

I got the conclusion that, as a result of considering the simple question of what a human being learns for, "freedom". Culture is like an accelerator that can be freely made from tight intelligence, and in fact it was a point that I wanted to experiment with what is lost by exposing the pubic nude naked also as a symbol of freedom Yes.

I feel that I am more free to create this work than my old self, and to announce who I made it. Although why people are born naked, there is also a meaning that they wanted to answer simple questions, whether nakedness is prohibited or not. If it is sin to be naked, we will be born sinners. Is the original nakedness not beautiful? I think that I am beautiful. Why is the nakedness of Greek sculpture forgiven, and nakedness of birth is not allowed? Botticelli and Tiziano, Kuranach, Spring, and even erotic books of convenience stores are nice, and can not be a naked painting drawn by contemporary artists? Why is nakedness of John Lennon & Onoyako good, and the nakedness of ordinary people is not good? Is it only chosen to become such a naked body? I think that it is different. Each person has the beauty of their naked body. There is a figure as it is. In order to explore the answers to those questions, I also wanted to create a forum for discussing such things, I made this work. I strongly hope for the exhibition of nude that has been matured not being danced in the air.

An unconscious belief in the times and dogma brings about escape from freedom. It is easy to be managed and people lose their supple criticism when managed. As a preventive line for self defense for when it happens, do not forget that Ieyasu wants to be free as a self-portrait use that Ieyasu painted in the Battle of Sanbuhara, as a warning bell to himself who is stuck. I copied my courageous figure at that time. I do not want to atrophy, I would like to pioneer the frontier of creation. Let both the boss and disliked colleagues, as well as all their children, be naked (bonobo) together.

title:
虹孔雀

会場:上野駅Breakステーションギャラリー

開催期間:2016年8月6日(土)~9月8日(木)

開催時間:始発時〜終電時 

虹孔雀

コンセプト

ひねもす君の魅力について考える。君は老婆であると同時に若い女でも幼子でもある。つまりは完全無欠な存在。ひとりの女性を通じ、DAS EWIG WEIBLICHE永遠に女性なるもの)を知ることはできるだろうか。孔雀の羽のように千変万化し無限に広がる表情(かお)、僕のモナリザであり僕を愛すことによって道を外れたひとりの女をモチーフにデジタル加工全盛の時代の他者性について考えたい。ゆがみとオリジナルの間に横たわる揺らぎ。今「あなた」が見ている「ホンモノ」はどちらなのか。情報のゆがみの中で見せる様々な変形的表情、アナログ(顔を実際に圧縮)とデジタルによる二重の加工、物質・非物質情報の混沌が入り混じる中で真実を見つめるとは何であろうか。進化心理学的にシミュラークルを希求せざるを得ない人類はSNSというリヴァイアサンを前に途方に暮れている。精神的疲労をもたらす情報の大海嘯はネットにアクセスする人間すべてを飲み込む。私たちが保有する無限のペルソナ、そのすべてが私たち自身のリアルな表情である。他者に弱みをさらけ出す変顔は瞬時の連帯を示唆する。無表情で匿名的他者の砂漠的表情の裏に豊饒の海に等しい多様な人間存在がある。本作品は知的謙遜ならびに知的共感を受容者に要請する。現代のムンクは悲痛を超え「をかし」の叫びを知的謙遜・知的共感をもって共に讃える。ひとりの女性を通じて74億人は歓喜に至るのだ

 

Think about your charm. You are both an old woman and a young woman or child. In other words, it is completely indispensable. Can we learn of DAS EWIG WEBLICHE (a woman forever) through a single woman? Facial expressions infinite and ever-changing as peacock feathers (face), I want to think about the otherness of the era of digital processing prime the motif of a woman that was out of the way by that love me is my Mona Lisa. Fluctuation lying between distortion and the original. Which is "Hongon Mono" that "You" is looking at now? Various modifications specific facial expressions to show in the distortion of information, analog (actually compress the face) and digital by the double of the processing, what is the stare the truth in the mix contains the chaos of material and non-material information. Evolutionary psychology to desire forced humanity the simulacrum is at a loss before the Leviathan that SNS. The great ocean of information that brings about mental fatigue swallows every human who accesses the net. The infinite persona we possess, all of which is our own real expression. A faced face that exposes weakness to others suggests instant solidarity. An expressionless and anonymous There is diverse human existence equal to the sea of ​​fertility on the back of the desert expression of others. This work calls on recipients for intellectual humility and intellectual sympathy. Contemporary Munch surpasses pain and praises the cry of "Kashi" with intellectual humility and intellectual sympathy. 7.4 billion people are rejoicing through a woman.

 

 

title:
碧のトイレ

 取手ARTPATH2010ーおまえに見せたいー

■会期: 2010年12月2日(木)ー5日(日)

■開場時間:10:00~17:00

■会場:東京藝術大学取手校地 (〒302-0001茨城県取手市小文間5000)

2010 『碧のトイレ』、「取手ARTPATH2010 おまえに見せたい」東京藝術大学取手校舎

 

コンセプト

2012年 取手アートパスにて人類が到達できるファインアートの最終形態を展示。以後、作品制作から哲学としてのアート制作に移行した、その決定的作品。設置から撤去まで、またそれに至るまでの大学との交渉、また同級生との交渉、費用など、いかにアートがキリスト的行為かを心身ともに満身創痍になりながら体感した一連のログはこちらから。

生きるために他者を蹴落とさなければならない人間の業をテーマに作品を制作しました。展示はインスタレーションという体験型の鑑賞形式を用いました。トイレ空間を使った現代の茶室であり聖堂を意図してあります。

この作品にはひとつひとつのモノに意味が込められています。なぜトイレなのか、なぜ碧色なのか、なぜBGMにゴールドベルク変奏曲や第九が用いられているのか、そうしたひとつひとつの事柄にメッセージがあります。

碧色の紙で覆われた用紙:実はその年の芸術学科の入学試験の答案用紙なのです。自分が受かるためには他者を蹴落とす。権謀術数、騙し、裏切り、そこに勝利したものが藝大に入学するのではないか。そんな素朴な疑問を表現するには何が適切か、考え抜いた結果、答案用紙というモノにたどり着きました。藝大入試という極めて具体的な事象から中高大学入試、就活、婚活へと逃れることができない殺し合いの螺旋を抽象化し、そこに鑑賞者の人生を投影できる余白を残しました。自己ベストは誰かの不幸、その真実を認めたところから全てははじまる、そのような思いから制作しました。本作品に協力してくれた芸学の同期にはこの場を借りて感謝を申し上げます。

なぜトイレか:穢い場所として、また世界最高の現代アーティストとしてのマルセル・デュシャンへの鎮魂歌を奏でるにふさわしい場所、レディメイドが溢れる場所として選定しました。彼を踏まえた上での最終芸術です。

現代花器に午後の紅茶のレモンティーを注いで飲む:自己を省み、穢いものの中で穢いもの(尿)を彷彿とさせる飲み物を飲むという行為が自らの”獣性”を客観的に自覚させる意図が組み込まれています。

碧の色:ウルトラマリンとはマリン、すなわち海を越えてという意味がある色です。アフガニスタンで採掘された石の顔料がシルクロードを渡り、中東、地中海を渡りヨーロッパに入ってきます。輸送費が莫大にかかるこのウルトラマリンはたいそう高価で聖母マリアの衣に使われる色でありました。この空間では生きるために他者を喰わざるを得ない人間の業に涙する聖母マリアのピエタを込めました。この空間は現代のシスティナ礼拝堂なのです。

展示空間でのBGM:グレン・グルドのゴールドベルク変奏曲の冒頭と最終のアリアをベースに、モーツァルトのアヴェ・ヴェルム・コルプス、戦場のメリークリスマス、パッヘルベルのカノン、トトロの風の散歩道、ベートーヴェンの第九、が永遠にループで再生されています。人間の業、わかっちゃいるけどやめられない。戦争・貧困・飢餓・入試・就活・ブラック・硬直した組織、萎縮する表現など、とめどもなく繰り返されるエンドレスリピート、その中で見つめるパンドラの箱の中の一筋の光を感じていただければと思って、使用しました。

床:カーペットを敷き詰めてあります。高級ホテルや大企業の最終面接に来たような非日常感、地べたに座っても寝ても大丈夫なように設置しました。くつろいでいただける非日常な空間への導入剤です。

線香:会場には最高級伽羅を用いて、お香が焚きしめてあります。場を清めること、聖なる空間であることの演出です。

実際に使用出来る:トイレの機能は実際に使えることです。体験型インスタレーションとしてトイレを用いる点で新しかったのではないかと思います。

カーテンの奥にある書物:旧約聖書、新約聖書、スッタニパータ、コーラン、論語、プラトンといった枢軸時代の書物を配置しました。逃れることのできない業の中でも、あがきもがき続けながら人間が目指すべき理想像を導くそれらの書物がひとつの救いであるという意図を込めました。

人間の業を見据えながら、この世界に生まれてきた喜怒哀楽…

世界ってなんだ?神ってなんだ?人間ってなんだ?という魂の叫びを作品に込めました。

We produced works based on the theme of human beings who have to kick other people to live. The exhibition used an experience type of appreciation form called installation. It is a contemporary tea room using a toilet space and it is intended as a sanctuary.

In this work meaning is put in every single thing. Why is toilet, why blue color, why BGM uses Goldberg Variations and Ninth, there is a message in each of these things.

Paper covered with blue paper: Actually, it is the answer sheet of the entrance examination of the art department of that year. In order to accept myself, I kick other people. Will it enter the entrance to the grand prize, cheating, betrayal, victory over there? I arrived at what I thought was suitable for expressing such a simple question, the result I thought out, and the answer sheet. From the extremely concrete event of the entrance examination of the Beauty of Medicine to the middle school college entrance examination, job hunting and marriage, we abstracted the killing spiral and left a margin to project the viewer's life there. My best made from such feelings that someone's misery, everything starts from where I recognized that truth. I would like to thank you for borrowing this opportunity to synchronize the arts that cooperated with this work.

Why the toilet: I chose it as a place to blossom, places that are full of lady maids, places to play praying for Marcel Duchamp as the world's best contemporary artist. It is the final art on the basis of him.

Modern vases to drink pour the lemon tea afternoon tea: reflect on the self, objectively their "Jusei" the act of drinking a beverage that is reminiscent of the dirty things (urine) in the dirty ones The intention to make awareness is incorporated.

Blue color: Ultramarine is a color that has meaning beyond marine, that is, the sea. A stone pigment mined in Afghanistan crosses the Silk Road and crosses the Middle East and the Mediterranean into Europe. This Ultramarine, which costs huge shipping costs, is a very expensive color used for the clothes of the Virgin Mary. In this space we put Pieta of Our Lady who tears in the work of human beings who can not avoid eating others to live. This space is a modern Sistine Chapel.

BGM of the exhibition space: Glenn Gurudo Goldberg based on the beginning and the final aria of Variations, Mozart's Ave Varmland, Corpus, Merry Christmas, Pachelbel's Canon, of Totoro wind promenade, the first of Beethoven Nine, is forever played in the loop. I understand human work, but I can not stop it. War, poverty, hunger, admissions, job hunting Black rigid tissue, such as representation to atrophy, endless repeats are repeated without endlessly, I think you'll feel the ray of light in the Pandora's box that stare in the , I used it.

Floor: I have carpets spread. It seems to be okay not to be able to sleep even if you sit on the ground, as if you came to the final interview of a luxury hotel or big company. It is an introduction agent to the extraordinary space that you can relax.

Incense incense: Incense is burning at the venue using the highest grade fura. Cleaning the field, directing that it is holy space.

Actually usable: The function of the toilet is actually usable. I think that it was new in using a toilet as an experiential installation.

Books in the back of the curtain: We placed books of the Axis era such as Old Testament, New Testament, Suttanipata, Koran, thesis, Plato. Among the work that can not be escaped, I put the intention that those books leading the ideal image that human beings should aim to continue as a postcard wagering are one salvation.

While looking at the work of human beings, emotions and sorrows born in this world ...

What is the world? What is God? What are humans? I caught my soul 's cry in my work.

title:
龍虎図

会場:東京藝術大学上石神井寮 男子寮 M403号室お手洗い

展示期間:2012年4月10日(火)~2014年3月31日(月)

展示時間:常にオープン

¥300000~(応相談)

コンセプト

むしゃくしゃして描いた。

石神井寮という、藝大の学生寮の自分の共同生活ブロックのトイレに最高学年の権威を用いて好き勝手放題に描いた龍虎図です。曾我蕭白のオマージュ作品です。サックス奏者の上野耕平やトロンボーン奏者の松永大遼絶賛の壁画です。

 

I drank and painted it.

It is a dragon tiger figure that I dreamed of without permission as I like using the authority of the highest grade at the school dormitory of the university student dormitory called Shakujii dormitory. It is a homage work of Soga and Ji Hak. Saxophone player Kohei Ueno and trombone player Mr. Masayuki Otori is a mural painting.

 

title:
風神雷神図

「創る」という行為を確認するための実験

会期: 2012年11月6日[火]~13日[火]10時~17時(土日除く)

会場: 東京藝術大学 絵画棟1F アートスペース1,2

出展者: 一ノ瀬健太×浦澤倫太郎、稲葉友汰×安藤孝浩、鎌田馨代×荒井郁美、 菅原美穂×小山晋平、玉井あや×松田順子、名嘉雄樹×中沢悠華子、 山﨑泰行×染谷浩司、吉田佳寿美×佐藤蘭名

空間: 堀内万佑子

HP: http://www.tsukurujikken.co.nf/

¥500000~(応相談)

コンセプト

むしゃくしゃして描いたⅡ(ツー)。

大規模な絵画空間に葛飾北斎のオマージュを描きました。サイズは3m×3mがふたつと3m×8mがひとつです。模倣の果てに真の理解がある、という小林秀雄の語りを実体験して彼が語ったことばの真理を知りました。

 

Ⅱ that I painted with myself (two).

I painted a homage of Katsushika Hokusai in a large painting space. The size is 3 m × 8 m with 2 m × 3 m. I experienced Hideo Kobayashi 's story that there is a true understanding at the end of imitation and I learned the truth of what he said.

 

 

 

title:
それでもあきらめきれないぼくたちはラノベで抵抗をこころみました。

会場:上野駅Breakステーションギャラリー

開催期間:2015年8月8日(土)~9月10日(木)

開催時間:始発時〜終電時 

Web:しゃく・じ・い・りょー!

コンセプト

 

抵抗運動もむなしく、解体されてしまった石神井寮に対する思いから、アート活動を通じて大学にインティファーダを行いました。

今は懐かしき、石神井寮がまだ存在していたら、そこで毎年彩られる青春群像劇があったはず、そのイメージを持って制作をしました。ラノベ化を狙っています。

 

Resistance exercise was also vanity, and from the thought of Shakujii dormitory that had been dismantled, I did an intifada to the university through art activities.

Nostalgic now, if Shakujii dormitory still existed, there must have been a youth group image drama colored every year there, I made it with the image. I am aiming at making it Ranaube.

 

title:
我路・業

会場:自宅&東京藝術大学体育館

制作期間:2014年10月~11月

スペシャルアドバイザー:夢枕獏

¥500000~(応相談)

コンセプト

 

筆を作ろう、そう思い作成した動画です。

筆とは何か?筆の機能とは、概念的に考えてみた試行錯誤の実験です。

夢枕獏先生、松下功先生、ご指導、ご協力ありがとうございました。

 

Let's make a brush, it is a movie I made so.

What is a brush? The function of the brush is an experiment of trial and error which I think conceptually.

Mr. Yume Makura, Mr. Isao Matsushita, Thank you for your cooperation and guidance.

 

title:
概念アート

『人間芸術家宣言』、『芸術の最終定義』、『クラリス・クライシス』など、研究を芸術活動として位置付けております。美術史によれば芸術は哲学となることによってその役割を終えたとされます。そしてアーサー・ダントーは芸術家は哲学者とならねばならないとも語ります。哲学になったアートの姿をとくとご堪能あれ。

スクリーンショット 2016-06-25 13.35.05

クラリス・クライシス表紙

コンセプト

 

論文形式でアート作品を発表しております。人間の営みすべてが芸術的行為です。理想を追い求め、それに努力する行為、キャンバスに描くタッチも子どもの寝顔を愛撫する手もどっちも同じ芸術です。その意味で、論文もまたアート行為だと私は考えます。

 

We are publishing artworks in paper format. All human activities are artistic acts. The pursuit of the ideal, the act of striving for it, the touch drawing on the canvas and the hand caressing the sleeping face of the child are both the same art. In that sense, I think that the thesis is also an art deed.

title:
大文字の歴史画

9/11(左作品)The South Manchuria Railway Co., Ltd.(右作品) (¥50000〜)、2015年

コンセプト

世界史的な現象をあえてポップなイラストで創作してみました。日曜ののんびりした昼下がりにビール片手に悲劇的事象を扱うジレンマを第三者的、神の目線で世界の悲劇を喜劇化する李白スタイルな作品です。

 

I dare to create world popular phenomena with a pop illustration. A dilemma handling a tragic event on a beer with a sunday relaxing afternoon in the afternoon is a third party, a work of Li Bai that comicizes the tragedy of the world with God's eyes.

 

title:
石神井寮より 序曲

会場:東京藝術大学上石神井寮

制作日時:2013年11月13日(水)

コンセプト

石神井寮に寄生していた変な虫がいたので、その撮影に成功した動画です。こうした自由な環境で創作活動に従事できたことは、自分の大いなる財産です。

 

Because there was a strange insect which had been infested in Shakujii dorm, it is a video that succeeded in shooting that stuff. Being able to engage in creative activities in such a free environment is my great wealth.

 

コンセプト

ロリコン文化がなぜ日本で生まれ発展しているのか、学際領域的観点から分析したプレゼンテーションです。不慣れな英語ですが、どうぞご覧ください。さらに修士論文では扱わなかったオタクが未来のニュータイプであると科学的なエビデンスに基づき実証的予測を行っています。ご興味ある方はぜひご覧ください。

 

It is a presentation analyzed from the perspective of the interdisciplinary area, why the petrochemical culture was born and developed in Japan. I am unfamiliar with English, but please have a look. In addition, we make empirical forecasts based on scientific evidence that geeks that we did not handle in master thesis are future new types. Please take a look if you are interested.

 

title:
東京盛夏(一ノ瀬健太 初監督作品)

2014年9月3日(水)封切り

コンセプト

小津安二郎が好きすぎてたまりません。これほどまでに”もののあはれ”をとらえた作家が世界におりましたでしょうか。私が研究しているロリコン文化と小津監督との奇跡のコラボレーションが今ここに!小津を継承し、小津を超えた”もののあはれ”をきっと体感するでしょう!

 

I like Ozu Yasujiro so much that I can not stop. Have you been a writer in the world that captured the "moment of spirit" to this extent? Here is a collaboration of miracle collaboration with director Ozu that I am studying! I will surely experience Ozu, inheriting Ozu, "Oh god of spirit" beyond Ozu!

Now title:

上記のような作品のオーダーメイド芸術作品を扱っております。(すべて応相談、融通効きます。)

お!なかなかいい記事じゃん!と思われた方はアマゾンでお買い物♪

俺の脳髄をミニ四駆みたいに改造したい方へ