Renaissance Man

とにかく、あれこれやってみる。

【天空のシンポジウム】ダイジェスト動画&全文書き出し

天空のシンポジウムのダイジェスト動画が完成しました!

 

天空のシンポジウムとは…長野県東御市で開催された天空の芸術祭2017のひとつのプロジェクトとして行われた企画のひとつです。天空の芸術祭・参加アーティストが再発見した東御の魅力を共有し、その活用の仕方について考えました。東御の人々がいかに生きるのか、という未来のビジョンを明確にもち、地域とアーティストとの交流を通して得た知見を活かしながら、信頼できる美しいものを生み出していく、新しいコミュニティの方向性を探ったシンポジウムです。型にはまった思考を解き放ち、自由な気持ちで参加できるシンポジウムとなった次第です。

天空の芸術祭2017: https://www.tenkuartfes2017.com/

 

地方創生に対して、アートに何ができるのか。またどのようにしてそれは実現可能か。アーティストと地元住民が腹を割って話したシンポジウムです。語り合った内容全てをご覧になりたい方は末尾の全文書き出しをご覧ください。

 


天空のシンポジウム「アーティストから見た東御。東御から見たアート」

※「平成29年度戦略的芸術文化創造推進事業」

会場:長野県東御市大日向337​ 東御市北御牧庁舎2階和室

■パネリスト
坂田佳恵 (天空の芸術祭・実行委員長)
堀雅明(芸術むら公園 支配人)
アンナ・ガブリエレ(天空の芸術祭・招聘アーティスト)
まゆちゃぱうぉにか(いばや) & カヤノヒデアキ(リサーチ担当アーティスト)

■モデレーター
一ノ瀬健太(アソシエイツ・アーティスト)

■撮影・編集・全文書き出し
嘉向徹

主催:文化庁、全国芸術系大学コンソーシアム
時間:14:00開始〜16:30終了

ー ー ー  天空のシンポジウム全文書き出し ー ー ー

 

一ノ瀬

本日は大変お足元の悪い中お越しくださりありがとうございます。東御はあまり雨が降らず8割型晴れていると聞いたのですが、今日は台風という大型のモンスターも見に来てくれているということで、基本的に時代が動くときは雨が降っていると思うんですね。黒澤明さんの七人の侍も雨の戦いなんです。なので今日この場で東御を変えます。そして、日本を変えていきたいと思います。皆様には歴史の生き証人として、数十人の侍としてご協力よろしくお願い申し上げます。シンポジウムの内容は今回は地方創生の一環ということで2人のアーティストが東御に1ヶ月滞在をして街の魅力や美味しい野菜の魅力を堪能したりいろんな人と会ってご縁を作り、ある種ご縁をキャンバスにしたアートを作ったこの2人に型にハマった思考を解き放ってもらってより柔軟な発想が出来るようなシンポジウムにしたいと思っております。1部では本日お呼びしたパネリストの方が中心となると思うのですが二部は皆さんが主役ですので途中でぜひ割って入ってきてください。それではシンポジウムを始めさせていただきます。マユチャパウォニカさん、カヤノヒデアキさん、よろしくお願いします。

〈東御市で一ヶ月滞在したアーティスト二人によるレポート発表〉

マユチャパウォニカ・カヤノヒデアキ

今回このシンポジウムのためのリサーチという形で1ヵ月間島川原地区の名もない農家と言う場所でおうちの1室を借りてリノベーションさせてもらってそこの空間の演出とそこで起きたデキゴトを丸ごと作品に偉大なかんじで作品を作らせていただきました。まず初めに動画をご覧ください。

カヤノ

ざっくりムービーを見てもらった後に本日のお品書きがあります。空と海のお家・ネオアバンギャルダー・ポリデンスという概念・みんなの母さん・稲作突破法・いなぽる・稲作デート・ライフイズアート・リアルとファンタジー、という項目をおしゃべりしながらやっていきたいと思います。自己紹介しますかマユチャパさん。

マユ

はい、今回このシンポジウムのためのリサーチということで、東御市に一ヶ月滞在をして、制作をしたり何か新しいアイデアを考えたり、そういうことをやってほしいということを一ノ瀬さんから話をもらって滞在していましたMAYUCHAPAWONICAと言います。職業はアーティストかな。未来にすごい興味があって、これから何が起きて行くのかなとか、まだ起きてない未来を作ってもいいんだとしたらどんな風に作ったら楽しいのかという所に興味を持って活動しています。

カヤノ

僕は青いほうです。カヤノヒデアキと言います。千葉県出身です。僕は今までに漁師をやっていたり、観光人力車をしていたりとか、エグザイルのそっくりさんタレントをやっていたり、あと何?この前はカシオ(時計)のモデルをやっていたりとか、もうぐちゃぐちゃな感じでやっています。「拡張」をテーマに色々なことをやっていて、最近は便器を使った何かをやることが多いです。

マユ

今回、お借りした一室の場所の名前を空と海の家と名付けたのですが、さっき映像でも出て来たのですが、天井に絵が書いてあってこっちが空の部屋でもう一つ手前に海の部屋があって子どもが来てお魚を書いてくれたりとかしています。コンセプトは人間と人間が出会えるニュートラルな空間ということで、最初東御に来ていろんな人に話を聞いて私が率直に思ったのが、みんな役職というか肩書きが田舎は強いんだなと思って、例えば都会でもう誰も知らない人しかいなくてカフェで一人でポツンとただの自分みたいな時間を持つのは簡単だと思うのですが、どんなに人がいっぱいいても一人になれる。田舎は縁が深い分、なんとかさんちの誰々さんとか~~先生とかあの役職のあの人とか、結構ニュートラルになれる空間て意外とないんだなと思い、そういう場所はどうかなと思って最初に浮かんだイメージが海でした。

例えば私と友達が海を散歩している時に友達と喋っているようで海と喋っている感覚はあるような気がしていて、海と話す=自分の内側と話すみたいな感じの時はフラットな状態になれる。あとは東御には海がないので、海にすごく思い入れがある人も少ないからよりニュートラルな空間になるだろうと思って、あと、リラックスできる空間などの要素があって山のところに急に海の部屋が出現するのもいいかなと思いました。こっちが海ならこっちは空にしようと思って作りました。そもそもここに住んでいる人とうちらがいることによって外から来た人が偶然出会ってしまうというか、それで化学反応が起こったら面白いと思ってこういうコンセプトで作りました。それで、実際十日前くらいにようやく場所が完成して、人がそこから来るようになって、いろんな人が入り乱れる状況が起こって来て、隣のお家のおばあちゃんと東京から来てる友達と先生と学校帰りの子供ととか年齢も肩書きもぐちゃぐちゃな状態が私は面白いと思いました。近くに住んでいる方でお家を見に来てくれた方が自分たちのことをネオアバンギャルダーと名付けてくれて、ネット社会が生んだネオアバンギャルダーって書いてあるんだけど、今いらっしゃる小山さんていう方なんです。

 

カヤノ

初日は絵画を観に来るつもりで来てくれたんですよね

小山さん

多分絵を観れるんじゃないかなと思って入ったら、全然違う。色々話して、家に帰って感じたのは異国人がこの小さな村へやって来たという感じでした。ついでに言えば、この活動が終わったあと、ポストアバンギャルダーはどうなっちゃうのかなと思っています。せっかくここまでいい感じにやって来たのに、終わったらまた静かになって沈静化してしまうのが少し心配だなと思います。PUFFYの歌を聞いた時に一陣の風が吹いた気がしました。

マユ

ハッピーの歌っていうのは、数日前に空と海の家で行った音楽会の話で、私が温泉でナンパしたおばあちゃんが歌を歌う人だったので、ぜひ歌いに来てほしいと頼んで来てもらいました。もう一人、十日間くらい手伝ってくれていた関東から来ていた友達が人生で初めて曲を作ってみるというチャレンジをして、人前で歌うというチャレンジをしたんですね。結果的に異文化交流が行われましたね。

カヤノ

次はポリデンス、多重という概念という話です。会場を作ったらいろんな人が訪れてくれて、移住したい人、移住して来た人がお互いに喋ってたのですが、空き家がたくさんあるのに家が見つからないということを話していました。自分たちはどちらかというといろんなところに家があったらいいというか、一つのところに定住するのは重いような気がしていて、そういう若い人も今は多いのかもしれません。だから移住よりも少し軽い概念として「多住」はいいんじゃないかなと思いました。ポリが複数形でレジデンスが住む、でポリデンス。ポリデンスという概念であれば、気軽に地方に遊びに来てもらうことができて、遊びに来る人が増えれば移住者も増えるのかもしれない。そこの入り口の方が軽くていい。

マユ

次は「みんなの母さん」ということで今も来ていただいています。今回のプロジェクトは本当に母さんにお世話になっていて、地元のいろんな人につないでいただいたり、小学校にも行くことができて、小学校の先生も今も来てくれています。学習支援というので地域の人が小学校に入って一時間とか二時間とかお手伝いして一緒に学ぶみたいなもののご縁で北御牧小学校の二年生のクラスに毎週水曜に行かせてもらっています。あとはお隣さんとかは完全に私たちのことを知らない状態で始まったので、母さんが色々な人に話をしてくれて、芸術祭に参加して自宅を提供することはハードルが高いと思うのですが、母さんが一歩を踏み出してくれたことですごく広がったので、本当にありがとうございます。この写真が二年生のクラスの子供達です。授業でひょうたんのマラカスを作ったのですが、その発表会(音楽会)が最近あって、みんながうちらに向けて招待状を書いてくれたのでめっちゃ感動して観に行きました。その時の動画をご覧ください。

次のテーマは稲作突破法。ざっくりいうと、こういう風に芸術祭を地方でやるとか、何か新しいことを急に始めるみたいな時に新しいことが起こってほしいという気持ちと、この場所を乱して欲しくない気持ちがあるような気がしました。外から人が来てほしいけど、来て欲しくないと思っているみたいなのがリアルかなと感じました。うちらももちろん配慮してもらっていろんなところに気を回してもらって、場所を用意してもらって、作品を作らせてもらったんですけど、うちらの中ではプライベートの生活と作品を作るということを分けて考えていたんだけど、母さんの家である廣田家は生活と農業が密接に繋がっていて、稲刈りがとにかく大変で。芸術祭もとってもいいのだけど、稲刈りがとにかく大変だということを聞いていたので、じゃあみんなで手伝おうかということになり、うちらも手伝った時に、みんなが本当に喜んでくれて気が楽になったと言ってくれて、これまでコミュニケーションをとって来たんだけど、稲刈りを一緒にしたことで何かがひらけたような感じがしました。新しいことを始める時に自分のことを主張するだけではなく、相手の懐に入って行くというやり方はありだなと思いました。今回の場合はそれが稲作だったみたいな。作品をどうするかということよりも、稲作だったんだ!と気づいて、それを稲作突破法と名付けました。稲作とやることによって、仲良くなったり、新しいことをやり安くなる土壌ができる。

カヤノ

移住して来た人も田んぼがもらえない状況があると聞いたので、まずお手伝いするところから始めるのはアリだなと。その時に僕たちみたいな時間も労力もある若者をガット集めて、みんなで寄ってたかって作業をお手伝いしたら、農作業が早く終わって楽になる人が増えるんじゃないかなと思いました。それで「いなぽる」という言葉を開発しました。

いなぽる:https://mayuibaya.wixsite.com/inapo

 

 

 

 

マユ

稲穂という言葉がどうやったら可愛くなるかなと思って、ぽ、にしただけなんだけど、稲穂の動詞形でいなぽる。若い人向けに可愛い格好で楽しい感じで農業をやってみちゃう?みたいな出し方はどうかなと思って、このサイトを仮で立ち上げてみました。(いなぽるのサイト)やりたい人が登録されてて、例えばカヤノくんはどこでも行けます、得意技ははぜかけ、熟練度は1だけど頑張ります!みたいな。そういう人たちが登録されている。こんな風なリストから呼びたい人を決めて、連絡するみたいな。こんな感じのハードルの低い入り口があれば参加したい人は多いんじゃないかと思いました。最近の傾向として、フォトジェニックとか、写真を可愛く撮れることが行動をする上で重要なポイントになっています。

カヤノ

都会の人たちは普通のデートに飽きていて、逆に地方に来てこういうカラフルなつなぎを着て一緒に稲刈りとかをしながら、共同作業をして、田んぼの端に可愛いテーブルを置いたりして写真が撮れる稲作デートができる。こういう入り口も面白いなあと。

マユ

稲刈りが大変なのに夫婦二人だけでやるような世界観がある。でもそれは大変だから発展して行くのは難しいと思いました。今の若い人に大変だけどやる?と聞いたらやらないと思うから、アイデアで面白くする。参加人数が多くなれば、稲刈りも早く終わる。だからこの時期だけ、国民総稲刈りにしちゃう。一人一人がどこかの稲刈りに参加するみたいな。農業はアイデアでアップデートできる領域が多いような気がします。

 

カヤノ

(写真を見て)すごい綺麗ですよね。これはお手伝いをしている時に撮ったんですけど、はぜかけの写真です。自分たちは稲が乾けばいいと思ったら、農家の人たちは隙間が空いててかっこ悪いわとか、そこに美学というか美しさを見ていて、生活の中にアートの世界観がある。で、今回の芸術祭のテーマが「life is art」。今までの概念で芸術と生活は乖離していたと思うんですよね。美術館に行って難しい顔して絵画を鑑賞するとか。特別なもので関係ない人には関係ないものだったものが、最近はアートというものが身近になって来たなと思っていた時に、こんなことがあって。生活そのものにアートが含まれているということを実感しました。

マユ

一旦これで最後です。ライフイズアートとか生活と芸術みたいなものの中で、これがどっちかっていうと、リアルが生活でファンタジーがアートだったとして、最近私が作品を作る時に私がイメージしたイメージ100%の絵ってファンタジーだと思うんですよね。それって「はいこんな絵を描きました」と言われた時に自分との接点が薄いから、あまり反応できない。現実離れしてしまう。ファンタジー度が95%みたいなものは自分の生活に必要ないものになっちゃう。逆に、今回の作品はリアルで起きている誰かと誰かのコミュニケーションが作品の中に入っていて、誰かにとっての現実で、今回の作品はリアル度が90%で、ファンタジーの要素はお家の中に海があるねとかの部分だったりして、リアルの中にファンタジーがあるのが面白いなと思いました。今まではアートってファンタジーを見せていればよかったんだけど、時代の変化するスピードが早いから不安定になりやすい世界観の中で、ファンタジーは楽しめないのかなと思っていて。国が安定していた時はファンタジーのアートが受け入れられるのかもしれないけど、今はどちらかというと生活がリアルに迫って来ている。明日食べるもののために働くだとか、仕事どうしようかと思っている時には遊べない。でも、夢がないと人は生きて行けないと思うからリアルだけでもファンタジーだけでもダメだと思う。アートにできることはファンタジーの領域からリアルの領域に足を広げてそちらに遠足に行くというか、そいういのが必要なのかなと思いました。生活も農業も食もアート。より自分の生活に密着した分野にアートの概念を広げて行くのがアートが生き残れる道みたいなことを思いながら、作品制作をさせていただきました。

カヤノ

(カヤノ氏が道路にポツンと置かれたトイレに座っている写真)この写真もリアルとファンタジーが混ざっていますよね。写真自体はリアルなんですけど、トイレがここにあるのはファンタジー度が高い。みたいな。

マユ

うちらが来たことによってみんなが実際に何を思うのかなというところが面白かったですね。受け入れてくださいというスタンスでもなく入って来ちゃったうちらに対して感じることがあると思うんだよね。来て欲しくなかったとか、こういうのは大丈夫だったとか、実際に思ったことを出し合って色々と話せるのがアートのいいところだと思います。私が一人の人間としてではなくアーティストとして来ていることによって作品を介して話ができる。直接対決ではなく一つ作品を介することでお互いにどう感じたかを話し合えることがいいなと思っています。

 

一ノ瀬

マユチャパウォニカさん、カヤノさんありがとうございました。

〈パネルディスカッション「アーティストから見た東御」〉

坂田

お二人の話を聞いて、率直な感想をしゃべりたくなりました。よくしゃべりますね!!感心して聞いておりました。ピンクのつなぎがすごく似合っていて私は着れないと思いましたが、着てみたいですね。まあ、なんていう人たちなんだろうというのが率直な感想でした。私は東京から移住して10年目なんですけれど、ただただ北御牧の景観に惚れて星空に惚れて空気の綺麗さなどの景観に惚れてきた人間です。それで、東京でも30年くらい地域を良くしたいと思って市民活動を行って来ました。つまり、友達を議会に送り出したり添加物のない食品を普通に買えるような市民活動をして来たのですね。だからそれなりの手順を踏んで、団体に所属して地域で活動して来たわけです。でも、なんだこの二人は。全部取っ払って自由にやってるんじゃないの。半分羨ましいのと、半分失敗するんじゃないのという部分があって、もしかしたら北御牧の素晴らしい突破口になるんじゃないかと思いました。何か仕事はしているのですか?

 

マユ

私はこれ自体が仕事だと思ってやっています。

坂田

動き回る芸術家っていうのもあるんだなと思いました。私は肩書きやお金と立場で動かざるを得ないということを40年ほどやって来たので、すごいなと思ってあっけにとられました。戦ってないなあ。市民活動をやって来た数十年は戦い続けて来たんですね。議会や人と戦い、戦いという言葉はきつい言葉だけど、一生懸命真摯に戦って少しづつやって来たなあと。この二人は全然戦わない。芸術っていのは戦わなくていいのか、戦わずして地域は変えられるのかもしれないと思いました。

一ノ瀬

戦わないというやり方があるのかもしれないですね。堀さんは地域の中で活動して来られて、地域をよくするために古いしきたりなんかと戦って来たりしたことはありますか。

もう引退したんですけど、消防団に16年間勤めてまして、途中で部長職の役をいただいて、立場でやらないといけないということがありました。10歳上の上司と10歳下の後輩の中で、古き悪しき慣例がずっと消防団活動の中に浸透していて、これはどうしますかと先輩に聞くと昔からやってるんだからそのままやるんだと言われ、ちょっと待ってよみたいな。例えば、年に一回のポンプ操法大会のためにたくさん練習があり、中間慰労になると役員の奥さんがお茶や食事を用意して集まってやる。朝4時に起きて準備したのよとか聞いたりして、それなんかはもうコンビニでいいじゃんみたいな。そういう感じで今はもうほとんどの消防団の皆さんはそのようにやってると思いますが、当時はそれが違って。でも、変えるときに先輩たちと戦いになってしまうかもしれないので、やんわりと話を進めて行く策の一つとして、空いた時間に直接話をすることをやりました。権力のある先輩とはじめに話をして、こんな風にやりたいんですよねというのに対してそれいいんじゃないという意見を引き出してから、会議に持ち込んだり。

一ノ瀬

アンナさんは西洋や欧米っていうのはディスカッションする文化があると思うんですよね。思ったことを言い合える関係というか。

アンナ

結構言います。空気を読むという表現がない。空気を読めよという雰囲気もない。全く違った文化ですよね。はっきり言わないと伝わらない。なんか思ったら言う。日本の言わなくても伝わる感じもわかるんだけど、あっちは言わなければ伝わらない。

一ノ瀬

今回東御市で作品を作ってみて、坂田さんは景観に惚れて北御牧に移住されたということだったのですが、作品を作るに当たって東御からインスパイアーされたことはありますか?

アンナ

いつもは何かを燃やす作品や映像作品を作っているのですが、ビニールハウスに最初に入ったときに太陽の光を感じて。太陽の光を集めた太陽の寺みたいな場所だなと。太陽の光を集めて何かを育てる場所。それでタネのようなものを作ろうと思い、スカルプチュアを作りました。懐かしい感じがしました。ジャスティボーガンさんとコラボレーションした作品は初めて自分がパフォーマンスをしました。恥ずかしくて人前ではできなかったけど。だいたい全部自然に関係があるものだと思っています。東御の自然からいっぱいインスピレーションが起こりました。私は人と喋るのは好きなんだけど、人を先導することはできないから、この二人がそういうことをしてくれたことはすごく嬉しい。多分この二人がいなかったら今ここにいる6割くらいの人は来なかったんじゃないかな。私はそうじゃないから自分のできる表現で生きています。

アンナさんの作品「空際をつかまえてー」

マユ・カヤノ

めっちゃいい。。

マユ

みんな同じ表現をしてもつまらない。例えば、私と違う作品をアンナが作ってくれていることで、これもあるしこっちもあるしこういうのもあるという世界観がとても豊かだと思う。

アンナ

私が展示があまり好きじゃない。東京でスペースを借りて展示をやったりするのはやりたくないと思う。でも東御にはあまり展示がないし、展示をやってもアートコンテキストや説明をするための言葉はあまり必要がない。そこがいいのかなと思う。東京で展示をやるのは死んでるような感じがする。30年も100年も保つような薬品を使った作品よりももっと生きている作品を作ることができる。

生命力がある作品展みたいなね。

坂田

景観に惹かれて引っ越してきた私としては、あるとき北御牧の北部のパン屋さんの近くにモニュメントができた時は非常にムカついたんですよ。私が好きな景色になんであんなものを突然断りも無く置くんだと思ったんですね。でも保科先生の作品だから今は違いますけど。

一ノ瀬

そこが大事です。保科先生をディスることになったとしても。あとで僕が怒られるかもしれないけど。

坂田

今こそ正直な言葉が大事かなと思って発言してみました。こんなことを言いながら去年も今年も天空の芸術祭の実行委員長をやっているわけです。北御牧の各地に芸術作品を置く。芸術ってなんだっけと私もそれなりに考えました。最近わかりかけてきたことは、モニュメントを見ると、人が作ったものだという温かさ、思い、感情が感じられる。その辺にある座布団では無く、作り手の何かを感じるんですね。作品の中に人の存在を感じる。そう思うと許すことができる。そんな風に思いました。だからあのモニュメントも今見たら、作るのは大変だったろうなとかどんな思いで作ったのかなと思います。さらに思うことは北アルプスを始めとする壮大な自然の中にあるモニュメントだからこそそう思えるのじゃないか。あれが東京にあったらそう思えないんじゃないかと思います。

一ノ瀬

今回の芸術祭のボランティアの人(北御牧の方)と話す機会があって、今坂田さんがおっしゃったようになぜこの作品がここにあるのかという疑問を持ってる方は多いと思うんですね。ただなんとなく作品の見張り番をしているだけみたいな。そこは坂田さんや芸術祭の運営側がしっかりと町の人たちに芸術の意味だったり、今の坂田さん話をしたら結構わかってくると思うんですね。運営側がしっかりと説明していく必要があるかもしれないですね。アートがあると、アートがわからない自分がダサいような気がするというのはあると思うんですね。でも、たくさんの棒が立っているある作品を見たボランティアの人が「意味わかんないわねえ」と言ってるときに、僕は、それですよ、それを話すことが大事だと思います。確かに作者の意図はあるかもしれませんが、それ以上に自分自身が感じたことに間違いはないので、それをお互いに言い合って、言い合える関係をアートとして作ることがアートの重要な役割の一つとしてあるんですよと伝えました。そしたら、その人が、わからないけど(棒が立っているのを見て)お墓に見えるんだよなと、それで俺もそう思ってましたやりとりがあって。そこに他の人も加わってきたりして。作品を介してそこの人たちの中でラリーができたことがすごく良かったなと。

坂田

人に対しての意見じゃ無くて、作品に対して言うのはOKなのね。

アンナ

オピニオンは絶対間違いはなくて、あの人が作ったからいいとかでも無くて。自分が好きだとか嫌いとかわからないと思うことがいい。

マユ

好きと言う人と嫌いという人がいて、それを互いに言い合うのでは無く作品に対して言うのはいいよね。

坂田

マユさんやカヤノさんの活動に対して言ってもいいわけですね。

マユ・カヤノ

もちろんです。でも、個人に言ってもいいんだけどね。

カヤノ

本質的にもうこの自分自体が作品だと思っていますからね。

マユ

私が何かやったことに対して、いろんな意見をもらえるのはとにかくうれしい。いろんなのが出たらいいと思う。

アンナ

いろんな意見が出るのは怖くない?

マユ

私はあまり思わないかなあ。自分に何を言われてもあまり聞いてないから大丈夫っていうのもあるけど、この人が私を通して何かに気づいたということ自体に意味があると思うから。

アンナ

私が思ったことは自分のオピニオンは全然間違い無いんだけど、ただ、ダサいとか批判をされたりすると悲しくもなるよね。

マユ

その人がなんでそれを面白くないと思ったのかが知りたいと思う。

坂田

マユさんは前に前に行く人なんだね。未来に興味があるんだね。

カヤノ

未来って今には無いものじゃないですか。みんながいいと思うものは今存在しているものだし、新しくないもの。だからみんながいいと思うものは僕にとってはあまりいい仕事ができてない証拠だと思う。人から怒られるくらいのものがいいんだろうな。

マユ

ここで少しコーヒーの紹介をさせてください。今日来てくれている岩井屋の加藤さんです。実は火のアートフェスティバルのときにこんな感じで出店されていたので、私がナンパしてお店に行かせてもらったんですけど、岩井屋さんは多機能型福祉事業所で、用事高齢者障害者健常者全ての人が共に暮らせる環境づくりを目指して、障害者の方の就労支援の事業の一つにコーヒー豆の焙煎をしている。その担当の方です。今日は無料でコーヒーを入れてくれています。コーヒー豆自体を販売していますので良かったらお土産に購入してください。コーヒーが欲しい方は加藤さんにお願いしてください。

一ノ瀬

あと10分くらい立ったら休憩しようと思ってたのですが、何かございますか。

坂田

若いお二人じゃないですか、私から見たら子どもくらいの年代で。だからインターネットを駆使してSNSをやって活動をみんなに広めたりできる。と同時に廣田さんが提供してくれたお部屋でアナログでコミュニケーションをしたりしている。どちらもやってるところがすごいと思いました。

マユ

今回はアナログの強さみたいなのを感じました。結局いろんな人がそれぞれの場所でそれぞれの視点からいろんな気持ちになったり。例えば、みんなのことを考えたら何もやらないほうがいい状況もあると思うんですよね。だけど、何も起こらないほうがいいという一人一人の意見もまた違って、実はそうでもなかったりする。何が嫌なのかは人それぞれで、だから一人一人と喋るとわかることが多いと思って。何かが起こった時は一対一で喋る作戦をしていました。それをしないと何もわからないなって思いました。

参加者

マユいい性格してる。いろんな人を想うことがうまいというか、いいキャラだなあと。人対人のね。

マユ

自分の得意分野だと思うから、誰にでもやるわけじゃないけど、自分は自分の得意分野をやろうと思って、今回はアメーバみたいなイメージでいろんなところにビヨーーンて行 って、私みたいなやつは怒る気しないじゃないですか、うるさいなとか思ってもしょうがないかみたいな感じにしようと思って。でも、例えばちゃんと組み立てたりすることは得意じゃないからいっちーが居て、うちらのことを俯瞰して見てくれてシンポジウムの切り口を提案してくれたり、ヒデちゃんはヒデちゃんで私と違うところが得意だったりするからそういう役割分担でみんなで作ったという感じがしています。足を踏み入れてくれたみんなで作品が作れたなあと。

坂田

第二部の中でも話に出るのかもしれないけど、二人はさすらい人だからいなくなっちゃうでしょ。いなくなった時にこの動きがどうなるかがとても興味があって。どうなんだろう。第二のマユちゃん、カヤノさんが現れるのか、また違う展開を見せるのか。

一ノ瀬

実際のところ、今回は文化庁から予算が出ているということがあるんですね。予算が出てるから来れてる。衣食住や交通費を今回は国のお金を使っているからできているのがあるんですけど、今度誰かを呼ぶ時に誰がお金を出すかとか、または呼ぶことができる価値というか呼び水が作れないといけない。お金じゃない価値を考えた時に、ポリデンスを提供される側として、何があったら、この街が用意できるものとか、こういう彼らのようなネット社会が生んだねじれから生まれた虫みたいなのはいっぱいいっぱいいるんですね。面白いことに向かってくる人はたくさんいる。彼らに何が提供できるのか。

カヤノ

今回友達が関東から来てくれているんですけど、僕たちが自身が光になったというのはあるかもしれないですね。来てくれた人たち自身が光になる。

一ノ瀬

人が光になるのはあると思います。坂田さんに会いに来て学生運動の話を聞くとか。

坂田

二人がいなきゃダメであれば続かないよね。

マユ

入り口を作ることが得意で、0から1にすることが好きっていうか。でさ、1を100にすることが得意な人もいる。何かを育てるとか。100くらいになるとそれに乗っかる人が出てくる。うちらは0から1が好きだから入り口を作って、次は1から100をやりたい人を巻き込むかだよね。

坂田

お二人がしたことの意義や良さを地元民としては分析する必要があるよね。何が良かったかということをみんなで共有する。

マユちゃんとは3回しかあってないんだけど、この仕事を25年近くやってるんですが、前は湯楽里館という温泉施設で毎年30万人くらいのお客様がくるので、日々いろんな人を見て来てその中でこういうタイプは初めてで、この人薬やってるのかなというイメージが第一印象でした。実は全然まともなんですけど。今回、この二人が東御市に来て大騒ぎした一ヶ月間で何がプラスになったかというのは個人的にはなんでもいいのかなと思います。なんか興す、お客さんを呼ぶでもいいし、東御市に人を寄せるだとか、何か一つ目的があった時にその方法論としてはさっきの話でいろんな窓口があってもいいと思うんですね。坂田さんの話が聞きたいでもいいし、廣田さんのお家に行きたいでもいい。いろんな切り口がある。その一つのヒントとして彼らの今回の行動はあったのかなと思います。

カヤノ

いっちーさんの話はどんなものがあれば若者がくる?ってことだよね。稲作が突破法だったのと同じで強いWi-Fiがあれば、どこだとしてもここにいますという人は多い気がします。

アンナ

Wi-Fiがないと自分がここにいますというのすら発信できない。

海外のお客さんからの問い合わせは必ず最初にワイファイがあるかどうか聞かれます。

一ノ瀬

東御をWi-Fi最強にすればいろんな人が来るでしょうね。東京の上野ですらWi-Fi環境は整備されてないですからね。やるやる言ってずっと整備できてない。東御Wi-Fiは一時間半しかできない上に弱い。意外にシンプルでみんな気づいてないことかもしれないですね。

マユ

衣食住が人間の基本みたいな感じの概念あると思うんですけど、私は家がないのでそんなにいらない。食は人の畑の作物を食べてもいいよと言われていて、お金がなくても食はある。てなった時に、大事なやつどれだっけ、ってなった時にWi-Fiないなって。

一ノ瀬

食住W(ワイファイ)だね。それでは休憩を挟みたいと思いますので、コーヒーを飲んで少しご歓談ください。

〈パネルディスカッション「東御から見たアーティスト」〉

一ノ瀬

一部ではアーティストから見た東御という視点だったのですが、二部では東御市のみなさんから見たアーティストや今回の芸術祭という視点で話していきたいと思います。

マユ

どんな話でも、どんな態度で聞いても大丈夫です。

一ノ瀬

地域住民の方からの意見もいただきたいのでいつでも中断しますのでおっしゃってください。それでは東御から見たアートの視点なのですが、先ほど天空の芸術祭の説明がわかりづらかったので補足説明したいと思います。彼らの活動は天空の芸術祭という枠組みから見た一つの活動で、他の方も制作しています。アンナさんもホワイトキューブ以外のこういう場所でやるのは何か思うことはありますか?

アンナ

私はそれが好きです。ホワイトキューブに作品を配置して、そのあとは何にもなくなる。インタラクションが難しい。もちろんホワイトキューブをトピックにしてインタラクションができることもある。例えば、壁に穴をあけることもできないし、危ないとかルールが多い。つまんないんだよね私。小さい頃から森の中に住んでいて、森で遊んだり野外で日で遊んだり、川に入ったりをしたから、今もそこからインスピレーションを受けたりしています。東御みたいな場所では野外で色々できるし、大きい建物を自分のイメージで変えたり、それ自体を作品にしてもいい。でも、東御でもできないことはあった。ビニールハウスの下にあるシートを全部出してそこに穴を掘りたかったんだけどそれはダメだと言われた。それは触っちゃあダメ。しょうがないけど。ビニールハウスは人が使うものだから。もちろんそれを壊したくはないけど、うーん。

一ノ瀬

ホワイトキューブにはホワイトキューブのルールが、ここにはここのルールがあったんだ。

参加者

今回いろんなところを見て、昔の感覚だと絵とか彫刻とか美術館に飾ってあるのが多いじゃないですか。今回は光や音や映像が多い。今の流れや今の芸術家ってアナログだけじゃダメよね。デジタルもいるよね。という感じなのでしょうか。

一ノ瀬

基本的にどちらもいます。芸大でもそう。面白いことは油絵は30倍なんですね。30人中一人しか受からない。みんな超勉強してくる。だから入った瞬間絵を描かなくなる。それでデジタルなアートをやりだすということがあります。全体的に4:6で伝統的な絵や彫刻をやり、インスタレーションをやっている。お互いに好きな道を歩んでいるというのが今の現状です。

アンナ

昔にさ、アートはパネルとか物がアートで、そこからどんどん大きくなって空間もアート、空気もアート、自分の動きもアートになる。アートの概念が大きくなる。

一ノ瀬

現代アートってはてなが多いと思うんですよね。

参加者

さっきの稲が並んでいるのがアートだと言われても、僕は今まで見てきた風景だから普通で何も感じないんだよね。むしろ里山が荒れてきていることの方が心配。稲作もいいけれど、里山を綺麗にしてもらった方が私は嬉しい。稲刈りも忙しいんだけど、機械を入れてる人もいるから。

 

廣田

うちが特殊なのかもね。すべて手作業だから。

一ノ瀬

安藤先生は東御でやる良さ、天空の芸術祭でやる意味などはありましたか。

安藤

ぶっちゃけた言い方をすると、夕日が綺麗だなとかりんごを描きたいなと思ってやってきたけれど、経験を積むことによってその感動するレベルが拡張するんですよね。例えばピカソの絵でも最初はなんだこれと思うものでも、だんだんと面白い形だなと感じるようになったり、新たな自分の感受性を広げてくれる。こういう場所でやると、なんでこれを作ったのですかというような質問が飛んでくるんですけど、それに答えることで自分をリセットすることができる。美術屋として言うとしたら、話を聞いてるんですけどさっきからこの壁にかかってる絵が気になってしまって。これ誰が書いたものですか?

一ノ瀬

僕です。最初に説明すればよかったですね。

安藤

これは畳の上で書いてますか?

一ノ瀬

あ、そうです

安藤

毛並みのところに技法的に言うと、フロッタージュと言って畳の跡が出るでしょ。なんかそれが毛の表現になっていて面白いなと思いました。何が言いたいかって言うと美術屋としてはそういうことを伝える役割があると思うんですよ。今の説明があると、あるきっかけを持ってみなさんが絵をもしかしたら好きになるかもしれないし、絵の見方が拡張されてくる。わけのわからないものやことが点在するという、言って見れば事件が起きている状態。僕自身、新しい作家さんの作品を見るとわからないこともあるのですが、でも人間てわからないことを咀嚼しようとするんだと思うんですよね。だから事件性の強いものの方が疑問になるし考えられるのかもしれないですね。もしかしたら天空の芸術祭でやる意味というのはただ綺麗だとかそういうものでもいいんですけど、美しさを成長させていくという美術もあれば、何か事件性があってみんながそれについて考えてコミュニケーションする、必要なければ捨てちゃえばいいし、使えるものであれば取り入れていく。僕は植物のアートをやっているんですけど、これからもしかしたら植物見るときの視点が変わってきて、植物に対しての考え方が変わったりする価値があるかもしれないですね。

一ノ瀬

実際に天空の芸術祭をご覧になられての感想などはございますか

※作品の詳細に関しては下記のリンクよりご覧ください。
『未来の涅槃図』作品解説

参加者

馬の話が出たので、1300年昔の平安時代の御牧は京都の献上馬の産地だった。馬に関わった農民であったり、あるいは朝廷から来た役人だったり、農民から転じて役人になった人であったりそういう人たちの亡霊のささやきがあって。葛飾北斎がロンドンで見直されたり、今年の特徴としてこの芸術祭にフィンランドとオーストリアからのアーティストが来てくれて、幅が広がりましたよね。全く天空の8次元の広がりを感じてワクワクしました。芸大の若い人たちが3、4回御牧に来られて、実際にどういう風にやるかを考えてそして制作してくれる。私は見てわかるということではなくて、何かを感じたくてここに来ていてそれが心に残るから、一ヶ月もすれば作品はなくなっちゃうけど、だけど心は豊かなの。わかんないと言われる人は率直でそれはそれでいいのだけど、でも、わかんないというのが芸術でしょう。一過性の作家が感じたことを表現しているのだから。そういうことを理解しようとして、意図はわからないかもしれないけれど、何かを感じることはできる。音楽の都オーストリアから来られているというのはすごいですよ。ここにお集まりの方も色々なことを感じたいのじゃないかと思います。ありがとうございます。

一ノ瀬

もうひとかた感想があればどなたかお聞かせください

参加者

さっきの二人の話を聞いていて思ったのだけど、ライフイズアートもいいけど、ライフイズヒューマンだなと。いわゆるこういうのを見たり、彫刻を見たりというのはこちら側が見たり聞いたりしているだけで、作者との対話はなくて、でも今回の場合は作品の中で二人の人間性が表現されていて、やっぱりそれがライフイズアートだなと思いました。日常性というのをこれからの芸術は大事にしていくべきなんじゃないかと改めて思いました。あと一つは一ヶ月の一連の出来事、私は廣田さん家の隣に住んでるから道を歩いている時にマユさんから声をかけられてこの三日間ほど(空と海の家に)行って、お話ししたり作品を見たりしました。今回こういうイベントや芸術祭もあったり、市民や他県から来た人もいたり、辻堂からこないだ来て帰ってまた来てとか。そういう意味での活性化、本来この北御牧村には5500人いたんですよ。12年前で合併する前は。だけど今は少子高齢化で、電車の駅からも離れているし、それで今は人口が4千何百人、すごく減った。するといろんな形で活性化という言葉が叫ばれているんだけど、今までの概念だと経済、要するに企業を誘致して、企業に勤める人がそこに住んで、経済を回してというのが一般的だった。でも、今回のように文化を通して田舎を活性化するのもすごく大事だなと、だから、これからのポスト天空フェスティヴァルのあとが心配。これからどのようにして息をつないでいくのか。そうやってやったらいいかね。そうするとね。生きていくためには衣食住が満たせるような、必要最低限の生活ができるための場所や機能を町として提供できるようにしなければ次に繋がっていかないということを感じました。

一ノ瀬

今の方のご意見を聞いて、受け入れ体制を作っていくということで、何かアイデアのある方いらっしゃいますか。

参加者

祭りが終わって、僕も今ゲストハウスをやっているし、あまり稼ぐという気はなくて、でもできれば持っているものをいろんな人に使って欲しいと思っている。今日来ている人で宿を運営されている人たちとも、意外とその部分は通じるものがある気がしているんですよね。荒稼ぎしたいわけではない。そうすると隙を持っているとそこに幸せを呼べるかもしれない。それがアートなのかもしれないしそうじゃないかもしれない。隙間を持っていれば活性化はまだまだ可能性がある。今回二人が色々な人にここがあるんだよとお知らせしてくれて、いなぽが可愛いとか。稲刈りみんなでやれば早いということをみんなわかってたんだけど言語化できていなかった部分を二人は言葉にしてくれた。本当に応援したいなと思う二人です。考えも似ているという風に感じているし、受け入れできるところを増やしたい。移住者も旅行者もたくさん来ているけど今のところ比較的安く泊まる場所がない。二人でさえシャワーを家に借りに来たこともある。なんか申し訳ない。もちろん廣田さんは別の意味ですごい場所を作ったなと思うんですけど。これからみんながやるべきことって、先ほどおっしゃられていたように経済主義ではない、小さい幸せを求めるものをわかっている人が今日集まっているような気もするし、もうすでに半歩踏み込んでいるし、アートという幸せなものに。だから作品がどうとかよりも何かを実際にやってみようという実行委員じゃないけどフワーッと帰らずにいなぽやってみようとか、せっかくこうやって提示してくれているわけだし、ここにはそれができる人たちが集まっていると思うので、あと20分しかないけど、それをグッと詰めていきたいですね。

参加者

余談だけどいいですか。僕はマユとヒデくんと会って四日目なんだけど、いつも同じオーバーオールを着ているから、洗濯しているのかなとかその着替えの用意ができるくらいの稼ぎがないとまずいよねと思っています。

マユ

ありがとう。衣装だから毎日着てる。で、たまに洗濯してる。笑

一ノ瀬

先ほどおっしゃられた「いなぽる」というものを実現するためにはどうするかという話をする前に、質問が来ておりましたのでそちらにお答えしてから話を進めたいと思います。3通来ました。一つ目、マユさんはその性格は持って生まれたものなのでしょうか?

マユ

持って生まれたものですね。そして、ちょうど環境も良くて親や周りの人とかも野放し状態で野良マユとして育って、いろんなとこに勝手に行ったりして、自分の家も他人の家も一緒みたいな雰囲気で育ったからこんな風になったのかな。

坂田

東京でですか?

マユ

新潟です。両親は農家でお米を作っていて、あれするなこれするなと言わずに適当に育ててくれました。

坂田

ずっと新潟?

マユ

18歳まで新潟で、その後東京とか横浜に住んで、途中で家もなくなって、いろんなところに行くようになったから、家がないとも言えるしたくさんあるとも言える。

一ノ瀬

今回もゲットしたしね。もう一つの質問です。安藤先生の作品をご覧になられた方からの質問で、それは東京芸大と東京工芸大のコラボレーションなんですか?そう考えていいですか、という質問です。多分、コラボレーションではないですよね。どうでしょうか。

質問者

憩いの家で開会式を行なった時にその話があってやっぱりそれが先端を行くのかなと思いまして。

安藤

まだコラボとは行ってないのですが、そういうことをやりたいねという話はさせていただいてます。あの作品自体はコラボではないです。先ほどもあったと思うんですが、美術が拡張していくという中でそういう技術が好きだという方もいれば、アナログというと言い方が変ですけどそういう方もいる。またさらに面白いのは彼女彼らみたいにことがらを扱っていく方もいる。ものがあるわけではないけれど、動きとか状態とか人と人とのことがらを扱って何かを提案してそれが言葉になって、例えば「いなぽる」が実現していったら何かある形がボコボコと見えてくる。種みたいな。そういう意味ではいろんな要素が漠然とあって、アーティストがチョイスできるような自由さはあるかもしれないですね。大学的な話でいうとそういう異分野がドッキングをして価値観を共有して、でも、実は価値観の共有は難しくてなかなか東工大の先生と芸大の先生って合わないんですよね。ただ、合わないからといって嘆いているだけでは何もならないから、お互いにどうにか理解しようとしている状態です。夢としては何かそこからムーブメントを起こして、あわよくば経済も潤う。

一ノ瀬

ちなみに先ほどの質問者さんからマユさんへコメントがありまして、地域の未来を考えるとのために必要な人ですね、とのことです。次にヒデアキサンにも質問が来ておりまして、人が育つ・人を育てる・子どもが育つ・子どもを育てる、ということについて何かお考えはありますでしょうか。

カヤノ

子どもは勝手に育つと思います。大人の役割としては「お前は絶対大丈夫だ。」という目線を送ってあげることだと思ってて、逆に「お前大丈夫か?」 という心配の目線で見ていると、俺はダメなのかもしれないという風に思って自信を失うこともあると思う。一つは目線を送ること。あと、「遊べるのは今のうちだぞ」と言う大人にはなりたくないと思う。大学生までだぞみたいな、お前も大人になったらうちらの地獄に来いみたいな世界観は本当にやめてほしい。そうじゃなくて、早く大人になって一緒に遊ぼうねというスタンスで大人がいればいい。大人が死にそうな目で希望を持とうとか言っていても何の説得力もないからね。楽しく生きている姿を見せていれば勝手に子供は育つから、ベクトルを子どもではなく自分自身に向ければ、多分いいし、子供はそれをちゃんと見てる。

参加者

これから芸術祭は継続していくのだろうと思うのですが、私はこの芸術祭が大学というものにおんぶに抱っこしているのじゃないかと思うんですね。そのあたり、これからの見通しなどがありまいしたらぜひ保科先生にお伺いしたいのですが。

保科

いきなりですね。隣の部屋で集まりがあったものですから最初から来られなくてすみません。雰囲気が良かったのを壊してしまって。

一ノ瀬

全然全然、先生の悪口ばっかり言ってましたから。

保科

よく言われるんですよ。芸大の援助というよりも、もともとそういうスタートだったので関わってますけれども、問題はローカリティというか、芸大というのは都心にあるわけですから、世界の中でアートを突っ走って行こうという気持ちが学生にはあるわけです。そこでローカリティと接触するというのがどのような意味があるかというと、実はグローバリティというのはローカリティというものでもある、というところに行き着きました。近代がずーっと来て現代に来ると、モダニズムという近代の幻想というのは風化されてしまって、実は個々のローカリティの中と世界が繋がっていくというルートが今の議題だと思うんですよね。例えば、どんなものでも明治時代も現代でも自然の世界とクリエイティブな創造というのは近いところにある。どんなに近代が馴れ合い時代になったとしても変わらぬものはあるんじゃないか。ローカリティというのは独創性という意味もあるし、自然館に対する個々のパッションというものもある。そういうものが一元化しないで複層的に繋がっていく。例えば、西洋型とか東南アジアとかアフリカとか、ローカリティって何ですかね。アフリカから見たらヨーロッパはローカリティですよね。そういう意味で一元化していない複合的な中に新しい議論を見出すみたいな。そういう病気っていうのにやっと気づいて来たのではないかと思う。現実の中ではそういうものが山ほどあってそれに目を向けるということはあると思います。少し難しいかな。

一ノ瀬

それは天空の芸術祭の地元性と世界が繋がっているということですか。

保科

芸大ってすごい芸術やってるんじゃないかと思われるかもしれないけど、実は意外とすごく素朴なことをやっているんですよ。どんどん素朴になってる。で素朴なものが先端というか先鋭的なものになる、ということだと思うんです。今日シンポジウムをやって、私は話を聞いていないからわからないですけど、多分素朴な、ラジカルなところの話をしていたと思うんです。ラジカルなものというのは我々が歴史上で広大なことをして来たということの結果としてラジカルなものになって来たというか。でそれが、本当のところ、何だ、みたいなところが非常に大事だ。ピリッとかゾクゾクというか、見たときにゾクゾクする感じが大事だと思うのね。あまり論破したり、なんだかんだと論理を連ねてこれは本当です、なんて言われても本当かなあと思う。意外とまやかしで、ゾクゾクが本当だったりする。

一ノ瀬

そのゾクゾクがローカリティにあるということでしょうか。

保科

ローカリティだけじゃないけどね。ローカリティとグローバリティはほとんど一緒だと思う。

一ノ瀬

時代的にグローバリティとローカリティが一緒になってしまったということでしょうか。

保科

一番新しいクリエイティブなことをしようということの中にローカリティ的なものが存在していて、個人の中にも素朴な言葉というものがあるじゃない。ニコニコしてこれいいねーと発したときとか、それは本当のこと。それがローカリティだと思う。その言葉が形になって出て、言葉から生まれたクリエイティブなものが大衆化していくときにグローバルとぶつかる。そのときにぶつかっても、それが強さを発揮するかが勝負なんですよ。それを作り上げていかないと世の中は変わっていかないと思う。芸大が何かをするというのは強い力で何かしようというのではないんですよ。つまり、仲良くしたいということなんですよ。そういうスタンスでやれたらいいと思っている。ところが相手側が芸大さんてすごいなあっておんぶされちゃうと、仲良くなれないんですよ。そういう関係というのは近代的な関係なんですよ。大きなものがちっちゃいものを支配したり、いうことを聞かせたり、何か提供したり。そういう世界というのはあまり新しいものを生み出さないんじゃないかと思うんですよね。実は大きいものっていうのは幻想であって、ラジカルなものが大きいものになりうる、ということを探すというのが僕のやろうとしていることです。そういう意味で芸大が貢献するところは貢献したいなと思う。それが受け入れられる場であればいいなと思っています。

参加者

二人がやったプレゼンは先生の言う通りじゃん。先生にも見て欲しいね。

保科

芸大がやってるのは二人がやっているようなことなんだと思います。僕の作品もそうだし。ただ雨の音を聞くために作っているわけですから。6歳のときにあの音を聞いた記憶があるんですよ。それをを聞くために作っているんですよ。ところが都心ではあれを聞くことができないと言う貧困さがある。それが僕は問題だなと思っているんですよね。制度的に言っても都心部では茅葺き屋根の建物は作れない。そのコンプライアンスというのは何だかなと思う。それからあの音によって僕が生かされて来たというところがあるんですよ。雨の音に。僕の作品はああいうところから出て来ていると思うんですよ。そしてそれが展開している。それはまさにローカリティだし、同時にグローバリティでもあるわけです。茅葺き屋根ができたのは、あれは建築じゃなくて、音を聞くためにできたんですよ。音を聞くために作ったら自然とああなってしまったわけで。音を聞くためには最善の方法なんですよ。最前のプロセスをやっていたらそうなった。あれは最善の仕掛けなんです。結果的にそうなったものをどう見るかというのは色々な人がこんな方法で見たり、あんな方法で見たりするんですけど、あそこで雨の音をじっくり聞くだけでいいんですよ。それが大事なんですよ。

マユ

ほっしーの作品は自分でお家建ててめっちゃいいと思って、作るところだけ見れたけど、自分のことでいっぱいで雨の音は聞いてないの。明日から見るね。

保科

明日からは台風だ

一ノ瀬

それこそいい音が聞けるかもしれないですね。

保科

台風は、、ちょっとなあ。一番大きい問題というのは予算という問題なんですよね。結構お金がかかる。予算が一番ではないけど、予算も大事なんですよ。

一ノ瀬

それでお金以外のカバーできるところ、衣食住とかをどのように提供するかという話をしていました。Wi-Fiとか。

保科

東御Wi-Fiは?

一ノ瀬

東御Wi-Fiはダメだねって話してました。最後の質問です。あなたにとっての東御の魅力は他の地域で置き換え可能でないものですか?だとしたら理由は何でしょうか。

マユ

全然変えがきかないものっぽい。っていうのは人?あのときあったあの人、とかあそこに住んでるあの人、っていうのが印象に残って。例えば、また東御に来ようっていうのは、またこの人に会いに来ようということだし、母さん(廣田さん)に会いに来ようとかさ。

一ノ瀬

人は変えがきかないということだね。最後の最後にもう一つ質問があって、東海を良くするアイデア(いなぽる)は他の地域にも適応できる、モデルになるものですか。俺はね、全然他の地域でも適応できると思う。

マユ

稲穂じゃなくてもいいしね。

りんごる、とかね。

一ノ瀬

ぶどうる、とかも。

カヤノ

どこでもできるんだけど、じゃあどこが最初に手を上げてやるかというのが大事で、最初にやっちゃったら、何それ面白いじゃんていう話になる。そんな面白いことやってるんだったら行ってみようかなってなるし。

マユ

最初にやるっていうのはマジで強いよね。

カヤノ

石巻市でやってた企画が面白くて、漁師からモーニングコールが来るっていうサービスで。誰がこんなバカバカしい企画やってるのかなってよく見たら、企業の名前の中に石巻市も入ってて。そこに行けば、ここは未来に行きたがっているなという嗅覚がある人はそれを見つけるだろうし、そうすれば面白い人が来る。何か新しい仕掛けを最初に仕掛けるっていうのは他の地域のモデルケースになるかもしれない。最初にやるっていうのが、そこは可能性があるんじゃないかな。

参加者

そういうのを市長とか行政とかを巻き込んで、石巻市みたいにやるべきなんじゃないかなと思いました。

カヤノ

でも、でも、市役所もそうだけど、まず自分たちだと思うんですよね。規模を広げるためには協力してもらうのはいいですよね。

マユ

いなぽるの概念をいきなり市役所に行って話しても、よくわからないと思う。けど、実際にそのサイトがあったり、それで人が来ているということがらを踏まえて話せば、市役所の中の一人ぐらいは、「あれ、いける?」みたいになるかもしれない。

参加者

市役所とかを無視するのもいいですよね。

一ノ瀬

では先ほど出ていたいなぽるなどを実現するためにはどうするかという話をしたいと思います。

廣田

もう実際にそれを体験してしまったので、先ほど稲刈りで困っている人は少ないかもしれないよねという話が出たし、私もうち(手作業でやっている)が特殊かもね、と言ったけど、日本全国で大規模農業出ないと生きて行けないということはあるかもしれないけれど、こういう地方の地域はもともとお家に田んぼや畑があってそれを耕していかなければいけないから高齢化している中でもおじいちゃんおばあちゃんたちがやっていかなければいけないという状況がある。それで、うちがその人たちのお手伝いをさせてもらったりもしている。うちはどうにかやって来ていて、今回はお二人に助けてもらったりもした。実際に個々で苦労して頑張っている人は多いと思う。そこのところで地域の元気さが出てくれば、例えば少しでも誰かが手伝ってくれたり、稲を運んでくれたり、嬉しかったって、本当に助かったってなる、若い人が絡んでくれた!とか。今回の活動がこれから何にもならなくても、関わった人と人とのつながりの中で、これから何かが自然とおこるような気がするし、東御市じゃなくても、十分にいいものを残してくれたような気がします。

一ノ瀬

定期的に連絡を取り合えばいいんですね。人材をマユさんとヒデさんが外から連れて来ると。

カヤノ

別に連れてこなくてもいいんじゃない。本当は普段東御市にいる人たちがやるのが一番いいわけだし。

一ノ瀬

あ、ごめん。今無理に形を固めようと思って、、

カヤノ

そこがいいところですよね。

参加者

予算全部Wi-Fiに落としちゃえばいいんじゃないかな。アナログで言ってもいいきっかけづくりになったなとは思うんですよ。僕は作品づくりにも関わらせてもらったりとかしたんですけど、文化とか面白いことをやってる人は回っている。今回0から1を生んだ。芸術祭でも今回、文化から芸術になったというのは0から1だったと思うし、いろんな人が面白いとかわけわかんないと感じてくれた。そして、そして今日このシンポジウムにこれだけの人が集まってくれた。0から1が生まれたところで、それに乗っかって次は1から100をやってみようよ。それが芸術祭の継続が一番の道だけど、それだけじゃなく、一緒に川に行ってみようとか、お祭りやってみようでもいいし、何かそういうのを手を挙げてやろうよと言える場が広がっていけばいいなと思います。そうすればマユさんやカヤノさんが来てもらった意味があるなと思いました。

一ノ瀬

最後にパネリストの皆さんから何か一言づついただいても宜しいでしょうか。

今回マユちゃんたち本当に頑張ってくれて、何かやってることをちゃんと見たわけではないんだけど、僕自身もインスピレーションをもらって、どこでもドアじゃないけど、何かを動かしてきっかけを作ることによっていろんなツールを作るとか、僕が普段外から来る人の対応をする仕事をやっているから、仕事にも今回の考え方を活かせたらいいなと思います。何ができるというわけでもないんですけど、何かみんなで企画してやろうということがあればできる限り率先してやりたいと思います。今回もある作家さんの作品のお手伝いを汗水垂らしながらギリギリまでやったんですけど、完成間近で不慮の事故でその作品が全部ダメになっちゃったということがあって残念ではあったけど、形にならなくても作品は見れたし、一生懸命頑張ったことで自分の中には残るものがあったので。俺は芸術はさっぱりの人間なんだけど、今後もそういうことで活かしていきたいなと思いました。

坂田

すごくこの場の空気感があったかくて、久しぶりの感じ。私がいつも出ている会議ってまあ、ね!知っている人は知っているけど。この温かい空気感を生み出せるということが北御牧にもあるんだと嬉しくてしょうがないです。いいシンポジウムになって、おめでとうございます!

一ノ瀬

ありがとうございます。おかげさまだに。

アンナ

私たちアーティスト、もここにいる皆さんも種のように思いました。自分の雰囲気とか自分の考え方という種をお互いに蒔きあっている。それをここにいる人たちを始めそれに興味や意欲のある人たちが育てていく。これからどうなるかわからないけど、応援しています。

マユ

一ヶ月前に来た時点では、ほぼ知り合いは誰もいなくて、森くんと有賀さん(地域おこし協力隊)くらいしか知り合いがいなくて、まったくの手探り状態からのスタートだったけれど、今日はここに来ている人たちほぼ全員顔がわかる。とても嬉しく思います。私は故郷はあるけどお家がないから、どこが自分のプレイスかはわからないけど、東御市が自分のプレイスの一つだと思うので、これからも関わっていけたらいいなと思いますので、よろしくお願いします。

カヤノ

いろんな人がやったことをいろんな人が感じてくれたりする中で、そもそも自分たちがここに来たっていうのは芸術祭があったからで、新しいことをやったりする大変さは僕もわかるから、新しいことをやるエネルギーってやばいけど、叩かれたりもするし。新しい一歩を自分たちでやって来たっていうのはすごいなと思いました。芸術祭をやった意味があったんじゃないかなと思いました。もう一個は、、、なんだっけ、、、、まいいか。芸術祭やって良かったですね!

一ノ瀬

最後に、この芸術祭は芸大からの応援も多いと思いますので、芸大式の三三七拍子をやりたいと思います。宮田長官のやり方です。股間で地球をつかめ!宮田文化庁長官式です。それではみなさん、本日のシンポジウムへのご参加ありがとうございました。東御と皆さんのご健康と繁栄を末長く祈念いたしまして、三三七拍(※三本締め)をさせていただきます!(会場全員で三三七拍子)ありがとうございました!

 

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