Renaissance Man

とにかく、あれこれやってみる。

ようかい体操と知的生産の技術

知的生産の技術

知的生産の技術

ジバニャンが家に遊びにきたので、さっそくダンスを踊ってもらったw

梅棹忠夫の「知的生産の技術」を読んだ。京大式カードを作った人で有名だが、それよりも文化人類学学者としての方が自分にとっては有名だ。大阪の民族博物館造営に尽力された方である。情報学、図書学、人類学に造詣が深く、実に自分の尊敬する人物の一人だ。

感想+その他もろもろ、心に残ったこと。

①古代から脈々と連なる私的日記文化

平安時代の紫式部日記、更級日記、紀貫之の土佐日記などに見られる公家日記に記載する私的情報が時を経たことにより、貴重な歴史資料となったわけだが、そうしたことから、現在の私たちの日記やブログ、またツイッターの戯言なども、ひょっとしたら後世の、いや、現代のビッグデータ時代におけるなんらかしらの貢献ができるのかもしれない。

たとえば、くそねみ、や、はらへた。だれか〜あそぼ〜、などなど、中学生のタイムラインにみられる欲望の言葉の羅列も生きた証となり、当時の若者ことばの指標ともなる。また、位置情報が付与されることで、その近辺の眠いとつぶやいた人々になんらかしらの相関関係が判明したらその、ツイートは後付けであるが、有意義なものであったと物語ることができるだろう。

それに、現時点で、災害時の、雨やばい、とか風超強い、とか、すでにツイート情報を吸い上げることで、災害マッピングをがなされている。情報共有の意図なき情報共有ツイートはすでに効果を発揮している。

②知的生産のための情報収集に新聞のスクラップ

…を進める記述があるが、さすが1969年、今から半世紀前の時代にかかれた本である。時代をを感じざるを得ない。ワープロもまだなく、タイピングの時代であり、すべてがカタカナで記述せねばならず、梅棹もひらがなのキーにカタカナのキーをうまくつけることができたら大発明だ、と今にしてみれば、どうでもいいことをあたかも鬼の首を取ったかのように記述する姿には、隔世の間を感じた。とはいえ、新聞のスクラップの切り抜きで田中角榮を追い詰めた立花隆を考えれば当時の最先端の情報収集だったのだ。

③俳句のように書け

これは今でも随分とためになった。だらだら書いても意味がない。要点を簡潔明瞭に。守る鴎外の文章のように書けという。だらだらだらだらと長文を綴っても意味はない。この時代にすでに言われていることだから、現代では尚更だろう。葬式不要。戒名不要。これでいい。

④読書の定義

梅棹は初めから最後の文字まで言語化してはじめて「読んだ」という言葉を使うとのことだ。パラ見や斜め読みなどは「見た」という。

これは典型的な日本人の読書観であると思う。自分も時折、そうしたドグマにとらわれることも多々あるが、考えてみてほしい。次のうちどちらが「読んだ」と言えるにふさわしいであろうか。

①はじめから最後まで文字を言語化したけれどもその内容をまったく覚えていない。

②本の一部分だけを読み、そこを暗唱することができる。

どっちが「読んだ」と言えるだろうか。

結論から言って、おれはどっちだっていい。好きな定義で呼べばいい。俺にしてみればどちらも読書である。俺からしてみれば、マルクスの資本論を頭からお尻まですべて言語化してみたが内容はこれっぽっちも覚えていやしない。

シェークスピアはよく好きで読むから内容も、暗唱もできるわけで、それはまぁ、たしかに「読んだ」と自信を持って言えるが、全体をパラ見して、あらすじで読む世界文学のようなものを後で読んで、内容を諳んぜられるようになれば、それでもいいと思う。まぁ、小説とは、その小説の内容把握をメインにしている読み方のうちは正直ダメで、それは完全に受験制度の被害者である。真の小説付きは、文体を味わう。作家の文の醸し出す、三島なら、ワキガから滴る汗と香水の入り混じった黒人のような臭さの薫を味わってこそだ。村上春樹であれば、1リットルの水に、一滴注いだ現役のカルピスを味わうことだ。

それと、博士課程になれば読書の質も変わる。というか、変えなければならない。膨大な人類精神の礎を登るために、読むべき情報を思い切って捨てていかなければならなくなるからだ。読みたいけど、あれは必要なさそうだな、ってのを嗅覚で嗅ぎ分けていく。初めから終わりまで一言一句頭の中で言語化している暇などない。人生は有限だ。最近それをつとに感じる。橋下徹大阪市長はめちゃくちゃ本を読んでいるというが、おそらく本もエッセンスだけを咄嗟に抽出して教養書を読み、残りの時間を政務に必要な書類に費やしているのだろう。第一線で活躍されている方々はみんなそうなのだろう。それを博士式読書という。

また、好きなところを好きなだけ、パラパラめくる読書を漱石的読書という。

だから、まぁ、結論から言って、読書は、勝手に「読んだ」、読まなかったと使ってくれて俺は一向に構わないw

シェークスピアを諳んぜられたらモテると思って浪人時代覚えまくったけど、まったくモテなかったことに不満を抱く男、一ノ瀬健太




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