Renaissance Man

とにかく、あれこれやってみる。

人はなぜ学ぶか(山田洋次監督「学校」を見て)


山田洋次監督「学校」、再び見ました!やっぱ、田中邦衛さんの演技が好きです。
 
以下は、名場面や史実的、社会学的に気になった場面を時折ご紹介しつつ、進めてまいります!
 
 
さて、人間にとっての学びとは何かをものすごく考えさせられる映画です。考えるって言っても、結局、学びっていうのは、人間の幸せを考えるためのツールな気がしております。
 
学びそれ自体が幸せの源(快)であり、かつをそれを用いて別の幸せをかたちづくることができるものであり、そして、それは幸せを周りに拡散させる幸せの加速器でもある。
 
学びとは、そんなものなのかなぁ、と考えさせられました。
 
文字が読めない、描けないという人もだいぶ減ってきてうちの死んだばあちゃんくらいな絶滅危惧種ですが、人類はハラリ的に、オードリータン的にどんどん幸せになってきてますね〜
普通にタバコを吸うやらなんやら、当時の時代がしのばれます。途中、渥美清さんが八百屋の親父として出てくるのが、ウケました笑
 
カラマーゾフの大審問官ではないですが〜、小さな物語に目を向けつつも、幸せの総量がベンサム的に人類史上最大のボリューミーな感じになってきてるなぁ、と映画を見ながら思いました〜
 
今のUbereatsも似たようなものかもしれません。しかし、昔よりはやはり、少しマシになってきている。労働者の権利というものがしっかりと人類として守られている。そうした人類が勝ち得てきた幻想をこれからもしっかりと共有幻想として保持していかねばならないだろう。
 
労働者は、明日の労働に備え寝ることにする。
 
 
人間、学びをやめてはダメですね!日々精進!
 
 
劇中紹介される、大関松三郎の詩がとてもよかったので、最後にご紹介します!

夕日

 

夕日にむかってかえってくる
川からのてりかえしで
空のはてからはてまで もえている
みちばたのくさも ちりちりもえ
ぼくたちのきものにも 夕日がとびうつりそうだ
いっちんち いねはこびで
こしまで ぐなんぐなんつかれた
それでも 夕日にむかって歩いていると
からだの中まで夕日がしみこんできて
なんとなく こそばっこい
どこまでも歩いていきたいようだ
遠い夕日の中に うちがあるようだ
たのしいたのしいうちへ かえっていくようだ
あの夕日の中へかえっていくようだ
いっちんち よくはたらいたなあ

Culture You!あ~、世界ってほんと美(たの)しい







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