Renaissance Man

とにかく、あれこれやってみる。

【本】ライフログのすすめ

ライフログのすすめ

ライフログのすすめ

ゴードン・ベルの「ライフログのすすめ」を読んだ。

とりあえず、ジャロン・ラニアーやら、ジョナサン・ジットレインやら、ビルゲイツやら、諸々世界の第一線で活躍しているコンピュータサイエンティストたちの問題意識が見えてきた。”肥沃”なインターネット環境をどれだけ守れるかが、これからの未来の鍵なのだな。ふむ。

なるほど、オーウェルの「1984」的なビッグブラザーの支配というよりも、民間企業と名もなきスマホを持ったジャーナリスト兼告発者による下からの相互監視社会、通称リトルブラザーなるものにこれから移り変わっていくだろう。

まぁ、それに関する深い話は次の回に譲るとして、今回はライフログのすすめ、だ。

結論から言って、ライフログは、断捨離2.0だ。よりよく生きるために、財産をすべてデジタル化し、それだけ、より自由に生きるための手段となるだろう。結局、あの世に持っていけるものはこの世の感動だけ、といったオーラの泉理論を吹聴するつもりはないが、大学の講義ノートも良忠所も、アルバムも、メダルもトロフィーもすべて、写真があれば十分と言い切るゴードンはさすがだと思ったが、たしかに、いわれてみれば、俺も最近、愛猫をなくしたわけで、死んだ身体を拭く様子や、葬儀、火葬の様子を動画で残し、youtubeに漂わせているが、気持ちも楽だ。映像メディア、写真なり、動画なりに残せればそれだけでけっこう十分だと思った。というか、まぁ、そもそもで思い出があるからそれだけでも十分なわけだが、他の人と、共有する喜びもまた素晴らしいものだと思うから、やっぱり、目に見えるかたちでの保存というのは大切なことであり、またこれから治療可能になっていくとはいえ、アルツハイマーにかかった場合には、記憶はますます本人の魂の来歴担保の保証にもなってくるだろう。個人としてのアイデンティティーは、記憶にこそある。

それゆえに、ベルグソンも、小林秀雄も、魂とは記憶であると吠えたのだろう。まさしく俺もまったく同意である。

ライフログは、映画「ファイナルカット」のように、走馬灯となりうるだろう。センスカムという、10秒に一枚写真を撮るタイムラプスカメラを肌身はなさず一日中つけっぱなしにするのを10年以上もの間行っている人がいるらしいが、それなんてもう本当に走馬灯の共有だwww

自分もときおり、マックのiPhotoの写真を整理するが、その時に、高速で撮りためた写真の海をドラッグして泳ぐと走馬灯っぽくなるわけで、その人のセンスかむは自分のそれを極度に推し進めたもので、自分のちょっとの記録でもかなり感動するから、かれが死ぬまでつけたライフログは、相当なものだろう。実に楽しみであるw

越後スター、いっちー




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