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とにかく、あれこれやってみる。

アニメ・サイコパスにおける法体系メタファーの解釈について

 

誰が人を裁くのか?

誰が人を裁くのか?

アニメ・サイコパスにおける法体系メタファーの解釈について

 本レポートは以下二段構成である。

サイコパス(2012年10月~2013年3月においてフジテレビ「ノイタミナ」にて放映されたテレビアニメ)における世界観を現在のテクノロジーの最先端から考察し、法廷システムを現行の制度と照らし合わせ、そのシステムの実現可能性がどれほどあるかを学際領域から考察しサイコパスにおける法廷メタファーを通じてサイコパス製作陣が”今”をいきる我々に投げかける還元的感化的メッセージを読み解く。(本レポートはリサーチの主たる資料をネット検索に求めているため、参考文献としてURIを用いることがしばしばある。また念のため付しておけば、Wikipediaの正当性に至っては2005年のネイチャーにおいて科学関連項目の正確さの度合いは、ブリタニカ百科事典と同等という結果が出された(http://adsabs.harvard.edu/abs/2005Natur.438..900G)。筆者は記事における即時性、訂正性においてWikipediaの方が優れたる資料としてWikipediaを扱う。またWikipedia内に著しく誤った記述や、不審な点があれば、当然その原典に当たるを旨とし本レポートを進める。)

 サイコパスの世界観については、Wikipediaのサイコパス項目、世界観(平成27年1月18日付け)より抜粋し、現在のテクノロジーの補足、及び参考URIを《》で付し、その実現可能性について吟味する。サイコパスを通じた法廷メタファーについては後半で触れる。

①サイコパス世界観の吟味(設定 https://ja.wikipedia.org/wiki/PSYCHO-PASS#.E8.A8.AD.E5.AE.9A Wikipediaより抜粋、平成27年1月18日付け)

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物語の開始は西暦2112年。作中での世界は2020年頃から始まった新自由主義経済の歪み《トマ・ピケティ氏の論(https://www.ted.com/talks/thomas_piketty_new_thoughts_on_capital_in_the_twenty_first_century/transcript?language=ja)が現在でどれだけ賛同を得るか、でサイコパスの世界観も変わるが、世界的に新自由主義はまだまだ加速し、トリクルダウン理論は未だ効果がないとされている。(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%AF%E3%83%AB%E3%83%80%E3%82%A6%E3%83%B3%E7%90%86%E8%AB%96)ため、サイコパス世界観の設定は妥当性が高い》による貧富の差の拡大から、世界的な倫理道徳感の崩壊を招き、紛争・犯罪の激化による政情不安のため政府や国の崩壊が起こったという設定になっている。この間、メタンハイドレート開発《海洋エネルギー資源開発促進海洋連合(http://www.nihonkairengou.jp/katsudou)も発足し、これから本格化していくと予想される。》によるエネルギー自給と、遺伝子強化された小麦・ハイパーオーツの普及による食糧の自給の道を見出した日本は[7][4]、海外の紛争の余波を食い止めるため、シビュラシステムによる判断とされる鎖国を開始し、他国からの違法入国を水際で防ぐために国境や周辺海域に武装ドローン《既に実用化されている(https://www.google.com/search?q=%E3%83%89%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%B3&espv=2&biw=1090&bih=678&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ei=SBu7VJ37CaG7mQXC4YLgAg&ved=0CAcQ_AUoAg#tbm=isch&q=%E3%83%89%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%80%80%E7%84%A1%E4%BA%BA%E7%88%86%E6%92%83%E6%A9%9F)》を配備し、世界で唯一と言える平和な国となっている[4]。そして国をあげて食料自給に力を注ぎ、国内経済の立て直しを図り、企業の国営化と大量の失業者支援のための「職業適性考査」を行う。この「職業適性考査」がやがて発展し、シビュラシステムへの開発とつながり、さらなる進化と試行期間を経て、2070年頃には社会システムの隅々までを包括的に管理するために本格的に社会へ導入された。この頃には食料自給《Agriculutural Drone  http://www.technologyreview.com/featuredstory/526491/agricultural-drones/も確立。経済成長と社会安定に成功し、世界で唯一の法治国家《世界で唯一の法治国家であるということは、他国は法治主義が取れていないということが推察される。しばしば近未来SFに見受けられるような世界大戦には触れられていない。》としての体裁を成すに至った。[7]

このため、作中世界の日本国民はシビュラシステムに強く依存し、ITドローン等によってオートメーション化され、サイコパス測定のためのスキャナーに監視された生活・社会活動を送っている。サイコパスや犯罪係数測定による治安維持は、2090年過ぎ頃から実用化されている[7]

社会不安時代の人口激減期を経て、人口は2012年の10分の1程度となって、人間の居住活動域は都市部に集中し《現在も都市部に人口が流入し続けている。過疎化、限界集落の流れに対抗する地域再生(ゆるキャラ、萌えアニメで町おこしなど)も同時に行われており、インターネットのユビキタス化がどれだけ対抗できるかは未知数。》、食料供給のほとんどはオートメーション化された無人の穀倉地域で国内生産されているため、職業としての「農業」は喪失しており《既に農業機械がGPSを使い、人工知能で畑を耕しているため、実現可能。》[22]北陸地方一帯は無人の穀倉地帯となっている[22]。「食」も合成加工された食品を機器により自動調理し配膳されたものが主流で、人の手による料理や天然食材を使用することは珍しく、趣味《余談だが、グーグルの自動翻訳機が直帰で完成。英語などの第二外国語はラテン語化し、趣味としての言語になるだろう。(http://www.gizmodo.jp/2015/01/google_119.html)》や主義の範疇である[6][48]

学校制度も変更され、導入当初は並存していた大学教育も廃止されて久しい[12]。学校で歴史の授業は行われず、遠回しに思想統制がされている[49]。職業訓練校における成績と適性でシビュラシステムから職業選択範囲が割り振られているものの[40][23]、珍しいとはいえ無職も存在している[41]。芸術・芸能活動で生計を立てることもシビュラシステムによる免許制になっているが、無免許でアンダーグラウンドな芸能活動をしている者もいる[15]

シビュラシステムによって身の安全が保障されているため、人々が見知らぬ他者を警戒することや、物理的な施錠といった意識や習慣が廃れており、特にシステム運用後に生まれ育った若年層は「シビュラ世代」と呼ばれ、防犯意識が薄く、自ら主張することを臆せず、システムに監視されることに対して疑問を抱いていないことが特徴とされている[11]《作中の日本は小国寡民2.0ともとれる。》

犯罪は病気と考えられており、犯罪者は他に病気を感染(サイコハザード)させうる病源として、隔離・排除されると認識され、病気ゆえに犯罪者の取り締まりや処理を担う公安局は厚生省の管轄となっている。

サイバネティクスも進歩しており、技術的には脳や神経系以外の全身をサイボーグ化できるほどになっているが、医療目的以外の高割合なサイボーグ化には抵抗感を示す意見が多い[12]。しかしながら、平均寿命《3Dプリンターにおける臓器製造が可能となる中、作中で平均寿命が低下するのはおかしい》は低下している[38]

監視社会ではあるが、保安システムのインフラが未整備にもかかわらず、人間が入り込んで活動している登録上の廃棄区画や開発の果てに放棄され、廃墟化している地区も存在しているが[50]、更生施設に収容しきれない潜在犯や貧困層や浮浪者の棲家として、あえて放置されている[7]。さらにスピンオフ小説「About a Girl」によると、郊外地域には、廃棄された大型施設跡にレジスタンスが潜んでいたり、自然回帰主義者の小規模集落があるとされている。

用語[編集]

サイコパス(PSYCHO-PASS

この作品のタイトルにもなっている、人間の精神状態を科学的に分析し数値化したデータ。作中の社会では、市民はサイコパス計測の上で日々生活・活動しており、データは公的に記録・管理されている。精神を理想的な状態に保つためのメンタルケアが普及しており、各自の適性や嗜好・能力に合わせた情報が事前に明示されるため、運や選択ミスに左右されない最適で幸福な人生を送ることのできる社会が実現したとされている[51]

シビュラシステム

物語開始から30年ほど前に導入された[52]、サイマティックスキャンによって計測した生体力場から市民の精神状態を科学的に分析し、得られるデータをサイコパスとして数値化、そこから導かれた深層心理から、職業適性や欲求実現のための手段などを提供する包括的生涯福祉支援システム《作中、このテクノロジーが世界観の根幹を形作っているが、どのような技術を駆使しているか定かでない。目視のうちに人間の思想・内面・危険度合いを可視化するデバイスを作ることは現段階の技術の延長においても無理があるが、SFの楽しみはここにある。しばしばこうした作中の制約が作品上の美に変わるのは遍く自明であるため、これ以上の吟味はしない。脳内に思考を読み取るデバイスが挿入されているならば、脳内、心内での無意識の言語化すら感知可能であろう。おそらくシビュラシステムは、本人ですら気づかない無意識の言語を”聴き”色相判定を行っていると考えられる。そのため犯罪者が色相セラピーでも治らないケースがあるのは、そうした深層心理での脳の不可逆性のためだろう。真剣に治療を行う場合には、人格の書き換えを伴うほどの脳の可塑性を改変しなければならず、今ある自己”わたし”を担保している限りにおいて無意識を書き換えることは困難であり、そのため先中の犯罪者の大半が治療施設から出ることができない。(テレパシーの実現に成功 http://wired.jp/2014/10/07/do-you-have-telepathy/)》。この時代の厚生省が管轄しており、運用理念は、「成しうる者が為すべきを為す。これこそシビュラが人類にもたらした恩寵である」。システムは常時サイコパスや職業適性の判定などの膨大なタスクを行っている。多くの市民はシビュラシステムを肯定的に受け入れているが[51][11]、不満を抱いてシステムの打倒を目指し、レジスタンスとして反社会活動を行う者も現れている[15]

大量のスーパーコンピューター並列分散処理とだけ公表されているが、実態はさらにその上位機関として、他者に不必要な共感をせずに俯瞰して判断できるイレギュラーな傾向を持つとされた免罪体質者(これも作中の制約がもたらす美的産物である。)などの人間の生体脳をユニット化して思考力と機能を拡張、より膨大で深化した計算処理を可能にしたシステムで、247名の脳のうち、常時200名ほどを順番に接続・通信・統合して稼働している。コンピューター等の通常の機械プログラムではストレス計測の色相判定レベルが算出の限界であり、犯罪係数等の複雑な人間の精神や心理に関わる計測は、脳ユニット機関が担当していた[20]。生体脳をコンピューター化する技術は物語の開始時期の50年前に実用化されており、脳ユニットの集合体としてのシビュラの総意が、そのときどきにシビュラシステムの管理を逸脱し、サイコパスを計測できない免罪体質者の脳を取り込んでいくことで、さらに高度に拡張してきたとされている[20][23]

公安局局長の禾生のように、各省庁の長などの高級官僚も、構成員のユニット脳が交代で使用している義体としての人物となっている[7]

犯罪係数(はんざいけいすう)

シビュラシステムによって数値化されたパラメータ1つで、犯罪者になる危険性を表した数値。上昇した犯罪係数は、セラピーによって下げることのできる数値に限界があるとされており[11]、数値が一定の基準を超えて回復しない者は、犯罪を犯す以前に「潜在犯」と呼ばれる犯罪者として扱われ、社会から実質的に排除・隔離される。《先述。》

犯罪係数の数値化においては過去のさまざまな犯罪者の思考パターンの蓄積データに基づいた解析が行われており、これをリアルタイムで解析・計測できる機器はシビュラシステムに直結したドミネーターだけである[53]《やはり、一般人には脳内(脳でなくてもよいが、言語や感情を司る器官ならばデバイスが正確な値を取得するに近いに越したことはないだろう。)になんらかしらの思考判定デバイスのようなものが埋め込まれていると考えるのが妥当であろう。それゆえに、ドミネーターで近接に正確にデバイスの値を測る必要が見受けられる。後述するが、何よりもまず、法の裁きの最後の出力形式として生物学的・思想的”人間”がその社会的な制裁措置を取る、ことが作中の美的制約とも見受けられる。人は人でしか裁けないとする、自然法から近代法、現代法に通底する、責任の所在の明確化が見て取れる。また作中の様子では体内にGPSは埋め込まれてはいないと推測される。》

潜在犯(せんざいはん)

サイコパスにおける犯罪係数が規定値を超える者は潜在犯として認定され、社会から隔離・治療・排除の対象となる。犯罪係数を下げるセラピーや投薬治療が存在するが、規定値超えが継続的であったり、更生の見込み無しと判断される場合もあり、潜在犯として認定された時点で人生の終わりと考える者も存在する[50]。犯罪係数の遺伝子との因果関係は未だに解明されていない。《生まれか氏か、という議論は今もあるが、結論から言って双方とも相互に関連している、という理解が正しいだろう。例を一つ。セロトニン運搬遺伝子は楽観的な性格をもたらす。その因子を有する両親の元に生まれた子どもは40%楽観的になる。4万6千人の双子を対象に大規模な調査が行われた結果、悲観的、楽観的かを問わず、そうしたものの考え方・捉え方は30パーセント強遺伝することがわかった。おそらく、この遺伝子の発現には環境も起因している。エピジェネティックという考えのもと、遺伝子の持つ構造はそのままであるのに、その特性の発現度合いは、両親や祖父母、および当人の食生活、生活リズムでオン・オフを切り替わる。「脳科学は人格を変えられるか?/第四章 遺伝子が性格を決めるのか」(エレーヌ・フォックス著、森内薫訳、文藝春秋、2014年)ことからも、作中の犯罪係数の遺伝子との因果関係は未だに解明されていない、というのは間違いではないものの、犯罪係数遺伝子なるものがあるかは疑わしく、それよりも、犯罪係数の上下に関与する(ホルモン分泌、性格などの)遺伝子としたほうがより現在においては正確な記述だろう。》

矯正保護施設は更生の見込みのある者は、潜在犯更生施設で治療を受け[15]、犯罪係数300以上の重篤な者は潜在犯隔離施設に収容されることになる。1期第8話に登場した足利紘一(あしかが こういち/三宅健太)も収容中の重篤潜在犯として、狡噛に情報を与えている[44][7]

色相(しきそう)

サイコパスのごく表層的なバロメーター。生体反応の計測値が、「色」として視覚化されている。心理状態が健全だと澄んでいる色だが、ストレス過多や悲観的な思考によって悪化すると濁っていく。《おそらく、セロトニンなどの神経を落ち着かせる物質の投与で一時的に色相を回復できると予想される。「脳科学は人格を変えられるか?/第四章 遺伝子が性格を決めるのか」(エレーヌ・フォックス著、森内薫訳、文藝春秋、2014年)》大衆の多くが、日常的なメンタルケアの指標としている。街頭や日常生活では色相の簡易スキャンのみが行われている。

ドミネーター

音声日高のり子

有事の際に監視官と執行官だけが携帯・使用可能な大型拳銃状の装置。正式名称は「携帯型心理診断・鎮圧執行システム・ドミネーター[50][54]」。

銃把が茶色でそれ以外は黒一色。側面には複数の発光部があり、銃の状態を示している。 眼球スキャンなどによる生体認証機能により、使用登録されていない場合はトリガーがロックされ、発砲できなくなる[50]。現場までは厳重な専用の「運搬ドローン」で運ばれる。シビュラシステムに割り込みを掛けられる優先的リンクが確立されており[40]、被疑者や対象に照準を向けることで、瞬時に犯罪係数を計測する機能を持つ[50]。銃把を握るか本体に触れている者にだけ聞こえる指向性音声と網膜表示で状況や計測値を案内する。対象の犯罪係数が規定値に満たない場合はトリガーにロックがかかり、規定値を越えていればセーフティが自動的に解除され、対象の状況にふさわしい段階に合わせた執行モードを選択の上、変更・変形し音声案内するシステムが実装されているため[50]、利用者は照準を合わせた後はトリガーを引く以外に特別な操作を必要としない。この際、網膜へは正確な数値が表示されるが、音声では「(基準値)オーバー120」「アンダー60」など大約な情報案内の場合もある。執行モード選択の音声案内では「ノンリーサル、パラライザー」のように先に執行内容、次に機能状態が続けて発声される。

執行用に発射される光線は集中電磁波であり、確保・制圧が選択された場合は基本モードのパラライザー(麻痺銃/ノンリーサル)だが、対象の犯罪係数が300を超えると排除の判断が下され、エリミネーター(殺人銃/リーサル)に切り替わる[21]。さらに人間以外のドローンなどによる危険が及ぶと自動的に脅威判定が更新され、最大威力であるデコンポーザー(分子分解銃/デストロイ)に設定される[37][14]。シビュラシステムへのアクセス・リンクが不可能な場所や状況では使用できない[37][19]。パラライザー以外の使用回数には制限があり、フル充電時にモード切り替えなしの状態で、エリミネーター4発、デコンポーザーは3発までとなる[7]

執行官が監視官に銃口を向けることは反逆行為に当たるため[7]、警告が発せられた上に記録される[17][26][30]。なお記録は監視官権限で削除が可能である[24]

ドミネーターはシビュラシステムと直結していることから、システムとの通話にも利用できる[23]

パノプティコン

15年程前に経済省がシビュラシステムに代わる国民支援制度として発案し議論を呼んだシステム。名称の元は哲学者ジェレミ・ベンサムが構想した全展望監視システムのパノプティコン《パノプティコンというわかりやすい名前を体制側がつけるか疑問である。もうすこしライトでソフトな名前にするだろう。》。市民の行動と経済活動を監視記録することで犯罪を未然に防ぎ最適な生き方を導こうとしたが、交通分野で試験的に運用された際に多大な不具合が発生し採用が見送られた。この時期にはその周辺時期の航空および交通事故は例年の数十倍にも跳ね上がり、多大な犠牲者を出したその期間を後に「地獄の季節」と称した。その裏では各省庁や陣営の予算や人員の奪い合いがあり、陰謀論が飛び交った[33]。(Wikipediaより引用終わり。)

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概ね、世界観は上記に記したものである。世界の方向性は別としてもそのテクノロジー的実現性は極めて高いと推察される。

さて、こうした世界観の下でサイコパスの法システムが意味するメタファーを読み解きたい。

作中では、令状、逮捕、立件、起訴、不起訴、裁判、懲罰、刑執行(場合によっては死刑も含む)といった現在の日本国内で用いられている法制度内における一連の流れのすべてをシビュラシステムのもとで極めて短時間で行う。ドミネーターという銃を持った監視官と執行官がチームになって法的措置を進めていくわけだが、現行法体系の枠内に住む者として、速やかに一括決済される法制度に違和感を覚えつつ、また有無言わさぬ(死)刑の執行に冤罪の可能性、また悔い改め生き直す可能性の考慮はないのか、と違和感を感じた。

法とは、秩序の維持のためにある。いつの時代も”疑いなき従順な羊”にとっては満足した豚であることで幸せを得るが、不満足なソクラテスにとって作中のこの制度は極めて生命を脅かす。シビュラシステムの”恐ろしい(筆者の主観による)”ところは、生政治にまでその範疇を拡大していることだ。外的な法の支配から、心の内側に制度として確たる地盤を築き、倫理的な心の縛りだけでなく、その内面の奥底の深層心理までテクノロジーを用いて支配の網を張り巡らせているところにある。現代に生きる筆者から見れば、この作中の日常は常にシュミットの例外状態にある。結果として作者(製作陣)の狙いであったであろう、作中のラストにおける、ビオスに無自覚であった市民たちは、ゾーエーのおもむくままに暴徒と化し略奪や殺人を犯す、ことを通じ、自らの立脚点をメタに疑うことへの還元的感化(「私の個人主義」夏目漱石、還元的感化とは端的に言って、受容した人が”良き人”になろうとする影響を与えるような”もの”のこと。)を需要者に与えることになっている(しかし、このアニメサイコパスを好む傾向を有する人はそもそもでメタにものを捉えている集団と考えられるため、ノイタミナを視聴した新たな新規メタ認知人の獲得が制作側としては金銭的な繁栄の次に肝であり、筆者もより多くの人にこのアニメの存在を拡散したい)。

名作と呼ばれる類の作品は常にドストフスキー問題を扱う。ドストエフスキー問題とは、筆者が作った呼称であり、今巷で流行るよう画策している。ドストエフスキー問題とは、カラマーゾフの兄弟の大審問官に見受けられる、最大多数の幸福のために個人が犠牲になってもよいものか、という割り切れない二者択一テーゼである。またはハムレット問題とも言い換えてもいいだろう。本作も容易に二者択一できない二項対立の問題が随所にちりばめられていた。主人公の友人が人質に取られる場面、安定して穏健な社会と自由を制限されて管理されること、最大多数の幸せを築くシステムの維持のために、その裏で殺されたひとりの同僚等。最大多数の最大幸福が担保されていれば、それ以外のその他の人間の考え、主義主張など配慮する必要は無いのかもしれない。しかし、実際問題として自分に省みた時、最大多数の最大幸福の趣味に合致しない趣味は排除されては困るし(Why hasn’t Japan banned child-porn comics? http://www.bbc.com/news/magazine-30698640)、また反体制的な言論の自由を認めない社会にも私自身住みたくない。表現の自由か、宗教か、昨今におきたシャルリー・エブド事件もこうした二項対立問題を含んでいるため、容易に結論はでまい。《この件に関しては、一論を書いた。参考までに。http://renaissanceman.jp/2015/01/12/%E3%83%93%E3%83%90%E3%83%A9%EF%BC%88%E3%83%AB%EF%BC%89%E3%83%BB%E3%83%A0%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%83%9E%E3%83%89%EF%BC%81%EF%BC%A0%E4%BB%8F%E9%A2%A8%E5%88%BA%E6%BC%AB%E7%94%BB%E3%83%86%E3%83%AD/

上記の考察から筆者が導いたことは、作中の法廷システム、および作品全体(とりわけ作中ラスト)から類推されるメタファーは、哲学することをよしとしない日本の風土に根付いた従順な羊状態に陥っている、また陥りやすい市民(国民性)の痛烈な戯画化である。自らで自らを疑い続ける、異化し続けることを止めた怠惰な人間への風刺である。

また法に対する作者の考え方は作中ラストの悪役を追い込むシーンの以下の会話から読み取れるだろう。

悪役を殺してしまえば、その時点で事件は解決する事態においても、なお悪役ですら命を奪わないで捕まえようとするヒロインを前提として、以下内容。

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コウガミ(主人公、以下略):あんたがどうあってもマキシマ(悪役の登場人物)を殺さないのは…

ツネモリ(ヒロイン、以下略):違法だからです。犯罪を見過ごせないからです。

コウガミ:悪人をさばけず、人を守れない法律をなんでそうまでして守り通そうとするんだ?(筆者注、マキシマという悪役はシビュラシステム内において裁くことができない特殊体質であり、シビュラシステムも黙認している。マキシマはさまざまな凶悪犯罪を多数行っている。)

ツネモリ:法が人を守るんじゃない。人が法を守るんです。これまで悪を憎んで、正しい生き方を探し求めてきた人の思いが、その積み重ねが法なんです。それは条文でもシステムでもない。誰もが心の中に抱えてるもろくてかけがえのない思いです。怒りや憎しみの力に比べたらどうしようもなく簡単に壊れてしまうものなんです。だからよりよい世界を作ろうとした過去すべての人たちの祈りを無意味にしてしまわないために。それは最後まで頑張って守り通さなきゃいけないんです。あきらめちゃいけないんです。

コウガミ:いつか誰もがそう思うような時代が来れば、その時はシビュラシステムなんて消えちまうだろう。潜在犯も執行官もいなくなるだろう。

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上記の会話から、現行法の矛盾を抱えた私たちの憲法に対するメタファーとも解釈可能だろう。破綻した日本国憲法をこそ、その積層としての市民の想い・祈り、その歴史を引き受けよ、というメッセージが感じられる。

また劇中、ヒロインがシビュラシステムと対峙するラストシーンより

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ツネモリ:尊くあるべきはずの法を、何よりも貶めることはなんだかわかってる?

それはね、守るに値しない法律を作り運用することよ。人間を甘く見ないでちょうだい。私たちはいつだってよりよい社会を目指してる。いつか誰かがこの部屋の電源を落としに来るわ。きっと新しい道を見つけてくる。シビュラシステム、あなたたちに未来なんてないのよ。

シビュラシステム:ふふふははは、常盛朱(ツネモリアカネ、主人公)、争いなさい、苦悩しなさい、我々に進化をもたらす糧として。

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法に対する、歴史を引き受けた上で新たな道を探し続けることを推奨している、と見てよい。

上記に見られる通り、本レポートは、サイコパスの世界観を・設定を解釈しながらその法体系を通じてそのメタファーが何を意味するかを解釈した。また少し話はそれるが、サイコパスは近年稀に見る哲学的態度を涵養する素晴らしいアニメであるとも付言しておきたい

以下、補足とトリビア(重要なものだけを抜粋)

ディープマインドという人工知能(Googleが向かう未来 https://www.ted.com/talks/larry_page_where_s_google_going_next?language=ja

また作中で、気になった点を紹介したい。なによりもここまで機械化が進展した作中においても最後に人を裁くのは、必ず人である点は認知科学的にも正しい。どんなにテクノロジーが進展しても最後に責任を取るのは人である。グーグルの自動運転車がこれから市場に大規模に投入されていくわけであるが、万が一に自動運転の車が事故を起こした場合、誰が責任を取るのか、という問題がある。現在は、自動車を作成したメーカーが損害賠償を担うとする説が有力であるが、その謝罪時には、かならずロボットでなく、人が前に出てきて謝らねば人は気が済まないものである(東大准教授に教わる「人工知能って、そんなことまでできるんですか? 単行本 – 2014/10/15 松尾 (), 塩野 ())。すべてが機械化された上で人間にできる唯一のことが責任を取ること、だけであると第一線で活躍しているコンピュータ学者は語っているが、まさにその通りだ。判決の結果がコンピュータ音声で読み上げというのはまだ考えづらいが、法廷に関わる一切のものを機械化していった場合、死刑時の刑執行のボタンにまで即座に行き着くだろう。

哲学者、神経科学者にとってはもはや自由意志は存在しないとするのが定説になりつつあるが、面白い実験がある。人は、自由意志が存在しないとする説を聞いた場合、倫理や道徳の観念が低下する、というもの。また同一の実験結果で、自由意志がないものと教えられたグループは、罪に対して寛容になった、というもの。(大変、申し訳ないのですがソースを失念しました。2014年日経サイエンス1月か5月また9月号のいずれかで見た記憶がある限りです。)

第一線のコンピュータ科学者たちは、オーウェルの1984的な一部の特権エリートにおける監視社会であるビッグブラザーではなく、iPhoneなどのカメラデバイスを有した市民たちがSNSを通じて相互に監視し合う社会、リトルブラザーに近い社会になっていくと考えている。(インターネットが死ぬ日 (ハヤカワ新書juice) 新書 – 2009/6/25 ジョナサン・ジットレイン  (), 井口耕二  (翻訳)

現在、統計的に犯罪が起きそうな場所、時間になると警官をそこに派遣し、未然に犯罪を防ぐブルークラッシュなどビッグデータを用いた統計的防犯措置などさまざまな施策がすでに取られている。(東大准教授に教わる「人工知能って、そんなことまでできるんですか? 単行本 – 2014/10/15 松尾 (), 塩野 ()

越後スター、いっちー




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