Renaissance Man

とにかく、あれこれやってみる。

安保法制反対の集会にスパイしてきました!

愛と平和を愛する東京芸術大学有志の会

愛と平和を愛する東京芸術大学有志の会

 

自由と平和のための東京芸術大学有志の会(立ち上げ会)に行って(スパイして)きましたw!

修士論文絶賛執筆中!のこの頃、息抜きも兼ねて行ってきました。なんいか祭りがあると言ってしまうのが、私なのです。なんの思想性も哲学もなく、ただ楽しそうで、ひょっとしたらただ酒が飲めそう!?という理由で、見てきました!

世界は楽しいことだらけ!

最近、修士論文を仕上げるのでつきっきりでブログの更新が落ちている。まぁ誰も見てないブログだから、それはそれでいいのだけれども、やはり何らかの形で発信し続けていかねばならないのだな、と昨日、たくさんの先輩方のお話をうかがえて改めて思った次第だ。懇親会では大変多くを勉強した。一方向的なスピーチよりも、対話がやっぱ格段に勉強になるし、情報量が増える。

ブログ、毎日更新していく。世界が楽しいことだらけで毎日、ほんとワクワクすることが多い。佐渡紀行もまだ2話も滞ってる。そして、東博も行ってきてそのレビューも書いていないし、昨日の会も書きたい!ってなことで、とりま、ノリがよくかける昨日のことの会について思ったことなど、つらつら書きます!

立ち上げ会の様子

昨日は、愛と平和を求める東京藝大有志の会を見てきた。呼びかけ人になっているが、これも目立ちたいからという不純な理由である。チラシが出た時に、自分の名前がなかったので、目立てねぇじゃね~か!クソゥ!!と思い、賛同人にすら名前を書いていなかったwが、最近、有志の会立ち上げに尽力されていた役者の川嶋先生に、友人の井口達くんの演奏家でお会いしたのを縁に、やっぱり、呼びかけ人をやることにしましたw呼びかけ人といったも名前が出るくらいや、ちょっとしたお手伝いくらいしかできないと思いますがwまぁ、目立てそうなのでwやります!

会では、様々な意見が出た。若干、やはり、初めから、共産系臭を感じつつも、これもまた幻想でそんな臭いはないのだが、やはりスピーチする人はそっちw系の方が多かった。原発、沖縄、9条、使い古されたクリシェの連続に飽き飽きしつつも、涙を浮かべる先達の話にしみじみと自らのクリシェという形容に、申し訳なさを感じつつ、その気持ちは尊い(T_T)。尊いのだ。だけれども、尊いだけでは、意味がない!ただお涙頂戴wこれも失礼なクリシェだなwの話を聞き、しみじみと戦争よくないね。そうだね。という見立ての文化を繰り返すだけでは、反永続的に続く平和な社会を実現することはできないのではないだろうかという方法論を考えるヒロイズムに酔いながら、氷のような情熱を感じ、マックスウェーバーだな、ふむぅ、それを知ってる自分もスゲェ、と思っていたが、きっとあの場にいた先輩方は学園闘争経験者だから、きっと自分なんかよりもマルクスを、ヘーゲルを知っているのだろう。ヘーゲルはひょっとしたら、ヘルゲルなんて呼ぶ気骨のある人もいたかもしれないw

惰性にて 枯れし花に 水やりき 再度咲き 草

惰性にて 枯れし花に 水やりき 再度咲き 草

自分の考え

ちな、お前の考えはどうなのよ?びびってんのか我?アァン?と言われてはびびってしまいますが、まぁ、今回の安保法制に関しては、自分は、内容に関してはそれほど異論は持っていません。その通し方、および違憲という意味で問題だと、呼びかけ人をやるにしても総合的に判断してます。そもそもで違憲の憲法で、その違憲性を問うこと自体モンティパイソンなみの、赤塚不二夫級のバカボン的議論を国民総掛かりでやっているというのがナンセンスすぎてまじで笑えすぎて笑えません( ;  ; )www

違憲性については、下記のアインシュタイン日本国憲法をご覧あれ↓

なので、今回、自分のような人がいるということもスピーチすればよかったと思いました。が、恥ずかしくてできませんでしたw勇気がなかったのです。まぁ、そんだけですが、一応、ここに書いておきます。言えなかったので、ここで主張します!(^-^)

スピーチはしばしば自分語りになる。(次の人は何か違うことを言わないと!お題目は飽きる!)

原発、沖縄と確かに構造的に繋がっているわけですが、今回は、安保法制一点に絞るシングルイシューでいったほうがいいと思いました。やっぱり僕の感覚では、原発、沖縄と絡められると、うわぁ、そそそそ~~~っと引いてしまいます。ロリコンブームの時に、それで抜いている人がいると聞いて、ドン引きした岡田斗司夫や竹熊健太郎さんの気持ちに似てるかもしれませんw

とはいえ、ゆるやかな連帯、まぁそれを主張してもいいでしょう。僕がいて、あなたがいて、全く知らないおっさんやお姉さん、子どもがいるのが調和していて素敵だなと思います。

自民党は自民党でしっかりやってます。野党のパフォーマンスダサいでしょw明らかにw野党の論点ミスで議論する時間が水掛け論、そこで知恵を出さんとダメダ〜メ〜(たとえが古いのは昨日の集会のせいですw)。政権とることしか考えてない。どっちもどっちで、まぁ、快楽原理に則って人は動く。自分もそうだ。気持ちいいために人は生き、表現し、死んでいく。この世に生きた証を世界に刻んで。

なんでも言えるって素晴らしい!

ただ一点、守られるべきは、思ったことが言える空気です。そして昨日の会には、これがしっかりとありました!!!これは素晴らしい!!!これがなくなった時僕は、というか多くが去るのでしょう。連合赤軍のトラウマまじでめんどいw7月の参院、ひょっとしたらダブル選挙までこの空気をキープし続けることが大切だとも思いました。僕は昨日までデモは本質的でない。無意味だ、とまで思っていました。それよりかは、近所のおばちゃん、や友人、家族を”動員”w(これもダサいことばだなw)して選挙に連れて行ったほうが50000倍くらい効果があると思っていました。しかし、デモもまた選挙に繋がっているのだと昨日考えを改めました。僕は考えをめちゃめちゃ簡単に翻します。納得すれば即転向。転向の毎日です。

デモは、絶えずメディアに映ることで賛同者を増やすことができるのだなぁ。と思ったのが昨日の気づきだった。何度も言うが原発、沖縄のクリシェはダサい。みながみな政治的に意識高い系ではない。パズドラやモンハンやっていることのほうが大切だ。沖縄で住民がヘリコプターの音でビクビクしながら暮らそうが、本土には関係ない。関係ない。そこから、等身大の自分の思ったことから全てを構築していきたいと考える。

スピーチはしばしば自分語りになる。

石神井寮の朝顔

石神井寮の朝顔

山が動いた時に!

僕の利点は、薄っぺらだけど、超幅広い知識だ。そりゃ、荒俣さんに比べれば水溜りのようだけど、少なくとも高い地層の上に立っているという自負を持ったエリート的インテリゲンチャだ、と言いてえんだよなぁ、みつを。まぁ、自分には何もないし、必要ともされていない、ということを痛感してから活動をしてるので、ゲーテが喝破した教養を持っているつもりです。

僕が信用するのは、科学と統計、進化心理学、現実に政策的に動く際にはこのから物事を三岩めます。神を想定しません。物語として素晴らしく自分も仏教徒であり、神道であり、キリスト教徒であり、イスラム教徒であり、モルモン教徒であり、ヒンドゥー教徒です。自民党であり、民主党であり、共産党でもあります。それが僕です。だけど、行動する際には、科学と統計、および進化心理学に基づいて行動します。

なので、統計的にやるべきことは、中国と北朝鮮の民主化です。そして、貧困の撲滅と教育の普及、そして格差の是正です。これがもっぱら取り組むべき課題と考えます。その点で中国や北朝鮮が民主化するまで、なんとか、破綻したままの日本の宿痾である、我が愛しい日本国憲法をボロボロなつぎはぎだらけのままで運用していけたらいいなと考えてます。改正大いに賛成。護憲大いに賛成。自分たちでパッチワークして民主主義と言論の自由を担保してくれ。つーかしたい。言いたいこと言える社会、なんて素晴らしいんだろう。正直、戦争になってもいいわw言論の自由と僕の幸せが担保されれば、そこから、そこからがスタート。その思ったことに嘘をつかないところから、自らの悪を見つめるところから、自らがハンナ・アーレントのイェルサレムのアイヒマンであることを自覚してから、出発していきたい、すでに出発してきた。

スピーチはしばしば自分語りになる。

権力と戦争と美、絶世の美女とやれるのならば、あとは野となれ、山となれ

権力と戦争と美、絶世の美女とやれるのならば、あとは野となれ、山となれ

我が愛しの宿痾・フランケンシュタイン日本国憲法

そもそもで9条2項が違憲w初手から破綻しまくってる憲法なのですから、初めから王手とかやっちゃっても問題ないですし、今までなぁなぁな日本的な解釈でアメリカ追従なんでもできたわけですw憲法より日米地位協定を優先するのがわが国であります。アメリカスゲェなぁwアメリカ大好きですボク。ぼくは黄金期ハリウッド映画に洗脳されているので、一生アメリカが好きだと思います。フランスも好きです。イタリアも好きです。基本的に良いところしか見ないようにしていますが、まぁ、アメリカの反知性主義とか、諸々やっぱり良い面を見ようとすればするほど黒いところも見えてきて、アァ、俺ってレンブラント!深き闇に、まばゆい光を見てる、なんて自分自慢ばかりしている今日この頃です。

個性の強い芸大生で組織はできないとしばしば言われるが、そんなことはないと思う。やってみたら、案外できる。ただ、めんどいからやらないだけなのだ。やれば必ず誰かに批判される。批判されると心がちょっと凹む。でも賛同者も現れる。でもまたなんか嫉妬やらなにゃらで突っ込んでくっる奴がいて、また凹む。けどまた賛同者が現れる。この感情のジェットコースターが面倒でストレスだwだから、やらないのだ。それと恥ずかしいってのが一番だと思う。芸大生は個性が強いのではなく、馬鹿になれないやつが多いといった方が妥当だろう。馬鹿になれるやつはいるのだが、その馬鹿が政治的な運動に、関心を持たなくなっただけだ。持ってるやつがいても馬鹿になれないやつがいれば仕方ない。政治とは最強のアートだ。僕も40になって売れなかったら政治家になるぞぉ〜!小泉進次郎さんと組んで、社会彫刻家になるべ。というか、今もすでに社会彫刻をしてると自分ではマジで思ってます。

それと提言、でもないか、ま、時間制限はある程度あってもいいと思った。

スピーチ者よ、藝を磨け!

自分で発言したければ勇気を出して発言する。その勇気を持つものだけが発言すればいいという考え、それはそれでオッケー!まぁ、若干の配慮でみながみな時間に配慮したらいいとも思った。共産系のスピーチだけ聞かされると、またクリシェかwと真摯に聞く耳を持たなくなってしまうのだ。本当はまったく違う個人が違う感情を、思ったことを、切実に訴えたいことを語っているのに、バカの壁が突如出現して、シャットアウトになってしまう。それを昨日のスピーチで僕は何度も体験したが、僕はメタ認知をかろうじて発揮して、PKラモス(ラモスのはかっこいいと思うものの名前を入れてくれ!マザー2!)!なんとか、真摯に耳を傾けることができたが、人間、本能で飽きるwこれは真理だから仕方ない。真理を引き受けた上で話しての方で言葉を変えるなり、レトリックを使うなりして、聞き手の興味を常に刺激しつつ話すことが必要なのである。

スピーチはしばしば自分語りになる。

今回のエントリーでも散々自分語りしてきてしまったw昨日のスピーチの大半は、こんな感じでした。これは芸大だけでなく、どこでもそうなのだと思います。たいていの集会が自分自慢の集会になっているから、僕は集会に行かないのです。なぜなら、そこに無私がないから。無私のない話はブログでやってくれ、と思うとります。、、、が!!!しかし!!!それもまた素晴らしいわけです!聞いていて、かけた時間の割にほんのちょっとだけ新しい情報が入ることもありますし、何より、自分の存在がオーディエンスとして、演説者の陶酔感に行くばかりか貢献できたら嬉しいですwこれも一意見で、こういうことをみながみな喧々諤々に言い合えたら素晴らしいなと思います。

まさに、ギリシアのシンポジウム、饗宴にこそ、学問と芸術の真髄はあるからです。

パラ言語情報の欠如

それと追記で意見交換の折、文字情報のやり取りだけだと、本当に良くないなぁと改めて思う。岡目八目で見る分には最高のプロレスチックで見ていて大変楽しい。人の利害調整するのを第三者から見るのは楽しいし、これが芸術家の視点であることは、夏目漱石が言うんだから、真理なのだろう。ばか、馬鹿、ば~か!w面と向かって言ったら笑えるのに、文字にすると憎しみが生まれるのはもったいない。なので、僕はいつもメールを読むときには、釘宮理恵の声で変換させてから読むようにしています。はキューンンン!という感じです!男のメールを山寺宏一さんの声で機械に読ませると、マジで全ての言葉に説得力が込められすぎて、マジヤバですwwww

圧倒的な信頼があれば、文字情報だけのやり取りもできる。こいつはこういうやつだ、冗談で言ってる。などが不立文字、以心伝心でわかるからだ。しかし、そうでない相手に対してはやはりテコ入れが必要となる。ラインのスタンプ、または絵文字があれば、いくばかりかテキストベースで消えがちな声のトーンや表情といったパラ言語情報が漏れ出ることなく伝わるのかもしれない。それゆえに、自分はいつも、語尾にwをつける。常に皮肉を自分に課している。言い訳かもしれぬが、それがいいと思いw語尾にwをつける。そもそもでカタカナ言葉で話した女性も初めはカタカナに絵文字的感覚を感じ取っていたのだと思う。文章に、絵文字を、2ch言語を使うことを推奨したい。

むしろ、2chだと思えば全ての文章に苛立つこともない。なぜなら単刀直入、ある種2chは全員森鴎外だと思えばいい。頭脳明晰かどうかは別にしても、その単刀直入感は鷗外を感じさせる。一気に、本質。自分語りをしない、無私ををそこに感じ取ることもできるだろう。純粋な娯楽に打算は入らない。真剣に打算を考えるときにこそ人は無私になれる。

芸術家に思想はなくてもいいと思う。ただし、思想を持っている芸術家がいなくなったらおしまいだwみんな適当に、テキトーなままに自己を発露させていけばいい。自らの思想を強制するのもいいだろう。自らの考えを押し付けるのもいいだろう。それがなければ芸術でない。元気の押し売りが尊いのと同様、ベッキーを見習い芸術家は、自論をゴリゴリと、すり鉢にゴマをするように押し付ければいいのだ。

昨日の会は、共産系のクリシェは確かにあったが、それもまたいいもんだ。歌舞伎みたいなもんだと思っている。少なくとも昨日の会には言論の自由があった。それが良かった。その一点において、ゆるやかな連帯において、デモにはいかないが、ちょいちょいお手伝いをしたい。

懇親会でご馳走してくださった先輩方に感謝と尊敬を込めて。ごちそうさまでした。

学生は先輩方と絶対に交わるべきだ。まず、話が極めて面白い。めちゃめちゃ勉強になる。うまくいけばありがたいことにご馳走までしてもらえる。こんな最高の塾がどこにあるだろうか!!!少なくとも、昨日は僕の師匠がたくさんいた。師匠たちには本当に感謝だ。ごちそうさまでした。

ぼく!

ぼく!

追記の追記

たまたま自分の前にいらした小林英樹先生のお話が死ぬほど勉強になった。小林先生は愛知県立芸術大学の名誉教授でいらして、ゴッホ研究の第一人者である。日本推理作家協会の賞を受賞している先生でいらっしゃり、ゴッホの贋作のお話はまさに目から鱗ならぬ耳から鱗の状態であった。またお隣にいらっしゃった今回の会開催に尽力された炎の人である、役者の川嶋先生の、上の方たちの戦争したい感のお話もとても勉強になった。眉唾であるが、本当のことらしい。先生のその話はフェースブックで5000シェアされたとのこと。すごい拡散力だ!今芸大有志の会は川島先生の強靭な力で運営されているとのことだったので、これからサポートして組織体制をしっかり作っていけたらいいなと思います。もちろん、川嶋先生がおっしゃったことも曇りなき眼で真実を見抜きたい。そして正しき方に己が身を捧げていきたいと同時に、経済界からうまい自分の利益にある話が来たら、きっと自分は尻尾を振って戦争協力を全面的にしていくんだろうなぁ、とも思いました。だって美味しいご飯食べたいじゃんw名も知らぬ人の命よりビッグマックが食べたいなう、1日1食の僕はそう思ってます。ちゃんちゃん!

俳人はじめました、一ノ瀬健太

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