Renaissance Man

とにかく、あれこれやってみる。

祝・卒業!

芸術で世界を救う医者になります!

芸術で世界を救う医者になります!

長い長い2日間だった。

『日本のいちばん長い日』という映画がある。岡本喜八監督の古い映画の方を見た。最近またリメイクされて、もっくんが昭和天皇陛下の役を演じられて話題になった映画である。

岡本喜八バージョンの方は、笠智衆、三船敏郎、志村喬などの名優が出ていて、加山雄三、黒沢年男などの現在も活躍しているレジェンドたちがまだ若かりしころの大変昭和を感じさせるテイスト深いものであった。

その映画では、夜12時ジャストにとりあえずは、詔(みことのり)がまとめられひと段落するわけだが、そこからがまた長い。

ナレーションで、これはまだほんの1日の半分である、という仲代達矢の言葉が入るのだが、見ている方も上手くわざと途中で中だるみさせられ、飽きさせられるようになっているのが極めて心憎い演出な訳で、そこから、あっという間に半日が怒涛のように過ぎ去っていくのである。

それと同様に、おととい、昨日ととても長くて、濃密な「一ノ瀬のいちばん長い日」だった。

自撮りしました。

卒業式ではじまる。この後から、長い長い1日のはじまりである。

【慕】

【慕】

宮田先生は藝大に50年間いらっしゃいました。一緒に卒業できるのは、残念でもあり、うれしくもあるという不思議な気持ちでした。これからも宮田学長をお【慕】いし続けようと思います。

素晴らしい後輩たちと卒業!

素晴らしい後輩たちと一緒に卒業!

おそらく、卒業生の中でいちばん業界人並みに忙しかったことを自負する。忙しいと自分が偉くなったように感じるから不思議だ。多方面から必要とされることは確かにありがたい。人員が単にいない、ということもあるが、それでも必要とされることはありがたい。寮長さん!寮長さん!お

今回の展示やイベントでは決断を迫られる立場に立たされることが幾たびかあった。公園内に立てるのぼりの数やイベントの時間や規模、椅子の設置など、決断とはものすごくエネルギーのいるものであるとつくづく思った。基本的に責任を取りたくない日和見主義者の自分にとっては決断や断行は二が重いのかもしれない。オレオレ!オラオラ!系の経営者の即断即決は本当にかっこいいし、尊敬する。自分がどこまでそれだけのリスクをとって、挑戦していけるか、毎日の経験や決断が試金石なのだと思った。そうしたことがらのほとんどが優柔不断の自分にとっては極めて良い経験だった。

かなり多くのミスもあったが、挑戦する上でのミスや失敗は、ベストを尽くした限り、大きな問題ではないと思う。そして、肝に命ずるべきは、その同じようなミスを二度としないということだ。

怠慢からもたらされるミスは問題外である。挑戦したとて、怠慢からのミスは絶対にしてはならない、ということもまた学んだ。

素晴らしい後輩たちと卒業!

素晴らしい後輩たちと卒業!

そして、今回の展示やイベントで学んだことは、結局最後には現場にいる者の意見が通るということ。現場にいなければ物理的に手も足も支持も出せないのだから当然のことである。現場第一。もしくは、遠くから支持を出せる決定権を有することも大事であり、そしてそれであっても、現場の意見を取り分け重視できるような人物になりたいことなど諸々、今回もまた大いに学んだ。

業界人の忙しさを少しだけ感じられ、謝恩会にサンバ演奏の予定があって遅れていくなど、かなりかっこいいな、俺wとも思っていたが、おそらく、そんなことを考えているのは忙しい当人だけなのだろう。世界は自分のことなど知ったこっちゃないまま回っている。自分のことを自分ですごいと思っているうちが華である。

その業界人並みの華やかなグレートギャッツビーな自分の卒業式前後のまとめである。

ちょっと幸楽苑で休憩も取りました。

ちょっと幸楽苑で休憩も取りました。

最近、自分は、自分のことを勇猛果敢で知力にも長けた曹操タイプだと思っていたが、実は、曹操に憧れる人に頼ってばかりいる無能な劉備タイプなのかもしれないと自覚されてきた。自分の能力の限界を見極めることがとても大事なのだ。できることはできる。できないことはできない。しっかりといえる胆力を身に付けたいと思った。

自分の修士論文はロリコンがテーマであり、実質10年くらい時代の先を行った論文であると思い、それがどう時代の高い評価を得られるのかは定かではなかった。しかし、とにかく、自分と格闘して、自分に忠実であり続けて書いた論文が修士論文であると自負できる。これを書き終えたら死んでもいいと思えるくらいに込めた作品だ。

そして、それを評価してくださる指導教員がいること、そしてその指導教員に巡り会えたことはとても幸せなことだと思う。教授に媚びることなく、徹底して、自分に忠実であった結果を評価してくれる、これほど研究者として幸せなことはないだろう。藝大に残ることが自分の人生にとって正しい選択であったか、それはまだ誰も知らない。しかし、今の研究をこのまま自由に動きやすい位置で続けられることは今の自分にとってとても幸せなことだ。幸せ。幸せ。もちろん、努力があっての幸せである。

必要不可欠なことなのか、組織に守られることがぬるま湯となってはいないか、そこから飛び出す、または放り出され、また浪人時代のように世間の荒波に揉まれることもまた必要なことなのかもしれないし、その浪人マインドをこれから、いつでも忘れないようにしたい。

自分の感受性くらい、自分で守ればかものよ!は真理である。自分の居場所くらい自分で作れ、若者よ!

今は、藝大が自分に何をしてくれるか、ということは考えないようになって、2年がたった。藝大に依存するつもりは、学部卒業と同時に捨てた。キャリアとしての藝大ブランドは貪欲に使い倒す。そして、そのキャリアパスを使い倒したい。

そして、世界的アーティストと同様に、自分が自分の力で社会、もしくは身近なたったひとりのための、今だけこ・ここだけ・あなただけ、なときめき与える技を磨き続け、自分が藝大のブランド力に与することができるようになりたい。

もちろん、藝大だけに限定するほど俺は陳腐ではない。日本代表であり、新潟代表であり、新潟高校代表であり、浪人代表であり、こばと保育園代表であり、上山小学校代表であり、上山中学校代表であり、石神井寮代表である。

様々なコンテキストを背負って、今の自分がある。その途上で出会った人々との些細な会話からディープな会話までが俺の神経系に宿り、そして、ひとつひとつの魂と魂が、記憶と記憶が交わり、溶け合い、そして、また新しい人格が互いの中に生まれる。日々、俺たちは生まれ直している。

学部の時には見えなかった先生方がどこにいるのか、その土地感覚が修士在学中に身につけられて良かったと思っている。た分野を通じて、山の高さを知り、顔を合わせ話すことによって山の重さ・厚み・凄みを知る。ガチプログラマーや人工知能や、脳科学の大家と話をすることにより、プロフェッサーの凄みを痛いほどに痛感した。専門家、研究者、アスリート、ゲーマー、道を極めて人たちはどれも総じて、”壮”で、すごい。彼らのかけた時間と覚悟、エネルギーの総量を推し量ることができるスカウターを修士時代では身につけたように思う。

尊敬する山々に囲まれ、大いなる自分の海の狭隘さを知る毎日である。井の中の蛙、大海を知らず。お山の大将。世界は本当に広くて深い。そして、どこまでもとめどもなく透明は空のようにその天井は推し量ることなどできやしないものもある。天才は天才を知る。それゆえに、先生方の凄みを知れたことが俺自身の成長を物語っているのかもしれない。

とはいえ、尊敬しているからといって、批判することをやめるわけではない。尊敬しあいながらライバルとして成長しあえる関係をおこがましくも目指したいし、おこがましいと思ってはならない。徹底して、自分自身に忠実であり続けたい。いつでも心は中二病でありたい。

サンバや翌日のプレゼンが滞りなくできるか心配であり、花粉症か風邪かわからぬ寒気とも戦いながら走りきった二日間であった。そして、その戦いを楽しみながら、挑戦して、失敗して、それでもまた挑戦して歩む二日間であった。

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コメント

  • ご卒業おめでとうございます。
    今後より一層の御活躍をお祈りいたします。

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