Renaissance Man

とにかく、あれこれやってみる。

私はどこを目指すのか?


多様性ある活動

先日オープンしたばかりの「World Art Tokyo -SatelliteS」も昨日で終わりを迎えた。

華やかなセレモニーの翌日には藝大の猫展で入賞した。

Facebookの投稿では、ちんちんやウンチ、フルボッキなどお下劣な投稿と嘘ばかりついている。

Tiktokでは、意味不明な投稿ばかりしてフォロワーはついに740人となった。

行く先々では、ビットコインや海外口座など投資の話ばかりしている。

最近、それぞれの活動がある程度社会的に認知されてきたのか、「一ノ瀬さんは、一体何を目指しているんですか?謎なんすが…」というお問い合わせをよく受ける。

そう、私が目指しているもの、それは嫁との年収300万円の不労所得生活である。久隅守景の「納涼図屏風」のような清貧の生活を目標としている。谷中で嫁と子どもに囲まれながらゴザを引いて朝顔を見る。子ども以外はすべて既にあるので、ほぼほぼ目標は叶っているが、不労所得までの道のりはまだまだちょっと先になりそうだ。

そして、その資金を藝で捻出する、というのと合わせたのが私の目標である。キュレーションもアート制作も藝だ。FacebookやTiktokも藝のための広報である。また、投資は資産藝である。とは言い過ぎか。

私の藝の定義は広く、自分の人生という畑を耕し豊かなものにするものというものであるから、言ってしまえばすべてが藝になるのだが、それはこちらの「人間藝術家宣言!」をご覧いただきたい!

現代のウィトルウィウス的人体

それでも、ぐいぐい質問してくる人はいる。キュレーターなのか、アーティストなのか、投資家なのか、どれということはないが、あえてリクエストに答えれば、アーティストが妥当だろう。

なぜなら、アーティストの枠は広く、そのどの職業やカテゴリーを包摂するからだ。

十牛図

十牛図(じゅうぎゅうず)というものがある。

私の活動は、この十牛図にある入鄽垂手に近い。

入鄽垂手とは、悟りを開いたとしても、そこに止まっていては無益。再び世俗の世界に入り、人々に安らぎを与え、悟りへ導く必要がある、という考えだ。

もちろん、私が悟りに達した、悟りに近づいた、という気はさらさらない。むしろ悟りからは程遠い、煩悩の塊である。四六時中、金(ビットコイン)と女(東京カレンダー女子)とうまい酒と飯と名誉しか考えていない。

とは言え、カッコつけて言わせてもらえるならば、(上野の)山にこもり、そこ(藝大)で学んだ知識をまちに持ち帰る、すなわちアートの入鄽垂手をさせてもらっている感覚だ。別にアートが崇高な教えというわけでもないのだが、人間の業を肯定する活動領域として自分にtinder並にマッチしていただけのことだ。むしろ消去法に近いではないが、たまたまそこに落ち着いて、そこでやらざるを得なくなったという方が近い。

それとおそらく、前世が禅僧なので、その活動が魂に合致している笑、というストーリー仕立てな設定にしている。作務衣を着ているのもきっと前世のせいなんだと思う。

ちなみに十牛図とは、悟りにいたる10の段階を10枚の図と詩で表したもの、のことである。簡単に言ってしまえば悟りに至までのプロセスを牛を使って図示したものだ。

「真の自己」が牛の姿で表されているため十牛図というらしい。真の自己を求める自己は牧人の姿で表されている。牛は剥き出しのリビドー、欲の塊なのかもしれない。それをある種の理性的な、よく生きることを求める清き意思が牧人ということなのだろう。十牛禅図(じゅうぎゅうぜんず)や牧牛図ともいう。

作者は、中国北宋時代の臨済宗楊岐派の禅僧・廓庵(かくあん)。 廓庵以降、十牛図は世の中に広まっていたとみられるが、十牛図の作例はそれほど多くないとされるので、ブルーオーシャンとして自分も近々描こうと思う。よく知られている作例としては室町時代前期の禅僧の絶海中津が描いた十牛図(相国寺蔵)、室町時代中期の画僧の周文が描いたと伝えられる十牛図(相国寺蔵)がある。

  1. 尋牛 – 仏性の象徴である牛を見つけようと発心したが、牛は見つからないという状況[1]。人には仏性が本来備わっているが、人はそれを忘れ、分別の世界に陥って仏性から遠ざかる
  2. 見跡 – や教えによって仏性を求めようとするが、分別の世界からはまだ逃れられない
  3. 見牛 – 行においてその牛を身上に実地に見た境位
  4. 得牛 – 牛を捉まえたとしても、それを飼いならすのは難しく、時には姿をくらます
  5. 牧牛 – 本性を得たならばそこから真実の世界が広がるので、捉まえた牛を放さぬように押さえておくことが必要。慣れてくれば牛は素直に従うようにもなる
  6. 騎牛帰家 – 心の平安が得られれば、牛飼いと牛は一体となり、牛を御する必要もない
  7. 忘牛存人 – 家に戻ってくれば、牛を捉まえてきたことを忘れ、牛も忘れる
  8. 人牛倶忘 – 牛を捉まえようとした理由を忘れ、捉まえた牛を忘れ、捉まえたことも忘れる。忘れるということもなくなる世界
  9. 返本還源 – 何もない清浄無垢の世界からは、ありのままの世界が目に入る
  10. 入鄽垂手 – 悟りを開いたとしても、そこに止まっていては無益。再び世俗の世界に入り、人々に安らぎを与え、悟りへ導く必要がある

流れは、至ってシンプルで、要は、牛を探し、見つけ、捕まえ、従わせるのをマスターしたら、何もかも忘れて、気づけば、おっさんになって、まちでいいことしてた、というもの。

素晴らしい!こういうぶっ飛んだ話がマジでアートっぽくてすこ❣️です。

わたしの活動もこれに近いのではないかなとひとりで納得がいっている。

禅と現代アートを学んで得た知見を実験・実践的に世間に還元している感覚に近い。アートの教えをまちで説く。

アートの教えとは、すなわち、解きほぐされた自由である。

私がアートを通じ、価値観を共有したい考えは、自由への憧れである。

大人になればなるだけ生きづらくなる、守ものが増えれば自然と攻められなくなる、それはありのままでいられなくなるのと同義だ。より自由な子どものような存在になってこそ、人は輝く。わたし自身も子どもになり、わたしの周りの人も子どもになれたら、どれほどわたしの生活圏は楽しくなるだろうか。そうした変化になれるよう、わたしは日々、現代の禅僧として逸脱した活動をしていきたいと思う。

ちなみに、私の仲間のアーティストの発想力は素晴らしいものがある。自由だ。もちろん、経済的には不自由をしているが、発想はとても創造的で刺激的で、唸らせられる。彼らはえてして口下手なことも多い。それが知られないのはもったいないのである!そうした彼らの考え方をわかりやすく伝えるのがキュレーターとしての自分の活動でもある。今を生きる作家だけではなく、今はなき作家の匠の技を語ることもしばしばする。

そして、自分の世界観をそのままダイレクトに出すことができるのが、アート制作だ。

奇抜な格好や言動を発するアーティストはまさに現代の奇僧であろう。寒山拾得よろしく、近世では一休宗純しかり。人がびっくりするような、ドン引きするような言動で真実を突く。私のFacebookの活動はそういう歴史的観点から来ている。教養のある人が見れば見るほどうなずくのではないだろうか?

わたしが汚い話や、汚い行いや艶話をおっぴろげのびらびらにするのも、彼らをロールモデルとした背景がある。

以上、私がどこを目指すか?、ということに対する答えになっているような、答えになっていないような禅問答的なお応えでがんした〜!

ついでに…

わたしなりにアートを学んで思ったことは、アートは生き様に回帰すること。マルセル・デュシャンがその可能性を開き、ヨーゼフ・ボイスがその方向性を押し進めた。リレーショナルアートの先に、私たちの人生がメディウムになる。

人生という自分の前に広がる可塑性に富むメディアを彩るのは、まさに誰でもない自分自身である…というような、かっこいいことを言う予定はなかったのだが、まぁ、いずれにせよ、こうしたアートヒストリーの流れを背負い、個性あるそれぞれの人間の一生がアート作品になり得る可能性に挑戦していく、というのが自分のアーティストとしての向かう方向性であることは理解いただければと思う。

自分の活動が、こうした大きな流れの中の小さな変化になれば幸いと思っている。

自分は浪人時代の頃から、禅的なものがすごく好きで、それ系の本を読みまくったことがある。藝大を目指す過程で知ったマルセル・デュシャンを見たときにまさに禅と同じものを感じた。

禅と現代アート、それぞれの歴史はまったく異なる背景を持つが、目指している方向が軌を一にしている。意味のわからなさ、意味の意味を放棄して意味を獲得する。瓢鮎図をはじめとする公案のようなやりとりが巨大なお金を伴ってやり取りされている。

人間は死ぬ。死を友とし、この世の悲しみを笑う方がよっぽどいい。不謹慎な方がよっぽど楽しい。わるいことをする方がよっぽど人生を豊かにする。死なない、殺さない、限りは何をやってもいいだろう。

近年流行しているアートシンキングも、どこかで禅とつながっている。イノベーションを生み出すのは、わざわざアートシンキングでなくてよいだろう。

掃除を一生懸命したり、座禅を組んだり、それすらも特定のものではないだろう。突き詰めて突き詰めて考え考え抜いて、時折、普段しないこと、普段起きないこととが偶然に引きあえば、自然と閃きも訪れる。その閃きの打率を上げる際にはアートシンキングも禅寺にいくのも有効となるはずだ。

最近はアートシンキング・イノベーションに力を入れておりますので、企業にイノベーションがご入用な方はぜひお声がけください。新規事業屋のプロとセットのパッケージングで遊びに行きます〜!

Culture You!あ~、世界ってほんと美(たの)しい







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