Renaissance Man

とにかく、あれこれやってみる。

美と芸術の論理-美学入門-/木幡順三/勁草書房/1988年

p.3. 時代により美および美学の定義も変わらねばならない。

美も美学もたえず時代時代によってその定義を変えてきた歴史がある。

pp.23~26. いろんな美学の規範(客観的美学/主観的美学、形式美学/内容美学、直感美学/感情美学、価値美学/効果美学)

環境美学なども近年注目されている。ロバート・ステッカー「分析美学入門」参照。

pp.26~29. 美学そのものの学的根拠。(包括的な)美学=「美的理性の自己省察」

美学の徒として自らの学問がいかに人類全体の幸福に対して貢献できるかという問いはたえず持っていたい。美学に何ができるか?反知性主義の現代において、シンギュラリティーの近く現代において何ができるか?

p.29. アポロン神殿「汝自身を知れ」、エピクテトス「自分で自分自身を研究すること」、ソクラテス「無知の知」など、多くの知者たちが「すべて理性的自己省察を哲学の課題としてみなしているからである。美学もまた美的理性の自己省察であるかぎり、最高の自覚の道を歩む哲学の一部、いな哲学そのものであることを否定することはできない。(p.29.)」

 「さらにことばを換えていうなら、美学は人間存在の一部分ないし一側面を究明する学問であって、人間存在の全体を解明しようと企てる哲学の営為に関わっている。美学が照射した人間存在と超人間的存在ないし絶対者との関係を究極的に研究するのは哲学そのものの課題であるが、古来、美学も間接的に、あるいは一定の制限のもとに、この課題についての発言権を保っているといってよい。(p.29.)」

p.159.直観的に固有の価値を生み出す技術が芸術なのである。

p.195.ディルタイより、芸術に触れることは自我の拡張(=他者理解)である。

芸術作品はすべて象徴であるから、解釈が必要になる。

すぐれた芸術作品はわれわれに人生を多角的に教えてくれるのである。

作品を充足させるためには多角的な解釈(心理学的、人類学的、社会学的、歴史学的、哲学的など枚挙にいとまのないほど多様な)解釈作業が必要だ、ということになる。

ーー追記2016/09/01ーーーーーーーーーー

pp.7~10 なぜ美学を学ぶか

①美学研究のもたらす精神的快楽←普通に理性的に考えることが楽しいw

②美学は純粋な理論学である←「美学は本来、応用をめざした理論ではなく、かえって一切の実用面から身をひきはなして、美の「実相に観入」し、かつまたその観察主体そのものの特殊な存在のしかたを深く反省する理性的活動なのである。換言すると、美学は純粋な論理学であり、美の原理の究明活動である。」

③美学は人間存在究明の一翼を担う←美しいものを求める心←小林秀雄とリンク!「美における私の近くの深化過程こそ美学なのである。」

p.228.**美的理性は入れ子構造にマクロとミクロを支える包括的理性である。

 

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